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日銀が政府の経済政策とはちぐはぐな対応を取ってきた証拠


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 日銀法第4条に日銀は従っていないのかというご質問をケビンさんから頂きました。今回はこの問題について考えてみます。

 日銀法第4条には次のように書いてあります。

 「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」

 要するに、日銀に対して、政府の示す経済政策に合致するように金融政策を進めることを求めた条文ですが、私は日銀がこの第4条に従った運営をしてこなかったのではないかと思っています。この件について、1997年から2001年の期間を具体例として見てみましょう。

 まずは1997年から2001年がどういう年月だったかについて振り返ってみます。

 1997年は、上向いてきた景気に少し鈍い感じも出てきた時期でした。まだ緊縮政策に移るのは時期尚早だという意見も多かったのですが、「財政健全化」路線を急いだ橋本内閣はこの年に様々な緊縮処置を実施に移しました。具体的には、消費税の3%から5%への引き上げ、健康保険の自己負担率引き上げ、特別減税廃止などが行われたのですが、これは総額で11兆円ほどにあたり、相当ハードな緊縮政策でした。この緊縮財政への転換の結果、1998年度には早くも名目GDPは前年度比マイナス1.8%となり、深刻なデフレ経済に突入してしまいました。

 さすがの橋本内閣も、早くも1998年の年初からは緊縮路線からの転換を図りはじめ、その後を引き継いだ小渕内閣は明確に積極財政政策に転換しました。1999年はこうした影響もあり、微弱ながら景気回復の兆しが出始めましたが、まだ弱い状態に留まっていました。小渕首相は「二兎を追うものは一兎をも得ず、になってはならない」と述べ、財政再建よりも景気対策を優先する姿勢を鮮明にしました。

 2000年4月に、小渕首相の突然の死亡を受けて森内閣が成立しました。森内閣でも小渕路線の継承が謳われました。森首相は「まずはわが国経済を本格的な回復軌道に乗せた上で」と述べ、財政再建ではなく景気回復が最優先であることを明確化しました。

 以上の話を単純化すれば、1997年に橋本内閣が消費税増税などの大型の緊縮財政をやって失敗した後、これに対する路線転換の動きが始まり、小渕内閣・森内閣では景気回復を最優先させる動きになったと理解すればよいでしょう。

 ではこの間、日銀はどのような動きを見せていたのかをこれから見ていきましょう。キーポイントになるのは、「無担保コール翌日物」の金利です。「コール」というのがわかりにくいかと思いますが、目先のお金が足りなくなった銀行が「ちょっと即座に金貸してくれよ」と呼びかけると、別の銀行が「うちは余っているから貸してやるよ」と言って融通するという、銀行間の貸し借りのことを言います。「呼べば応える」ということで「コール」と呼ばれています。このうち、一日だけ借りて翌朝返すという取引が「翌日物」と呼ばれていて、これが銀行間のコールの中心を占めています。このため、日銀は短期金利の調節に、この無担保コール翌日物の金利への介入を行っています。(翌朝返すことから、「オーバーナイト(O/N)物」とも言います。)

 景気回復を目指す時には金利を低下させようとしますから、当然この金利も低下させるはずで、景気の過熱を抑制する時には金利を上昇させようとしますから、当然この金利も上昇させることになるはずです。

 では、この時期の実際の無担保コール翌日物の金利の動きをグラフで確認してみて下さい。



 このグラフを見ると、1999年1月でも、無担保コール翌日物の金利はかなり高めであったことがわかります。橋本内閣が緊縮路線からの転換を始めたのがこれより1年前であることを考えると、日銀の対応は内閣の危機意識に対して1年以上遅れていたと言ってよいかと思います。

 そして森内閣が景気回復を最優先させる姿勢を鮮明にしている真っ最中の2000年8月には、日銀は政府の方針とは真逆の方向に動いて、無担保コール翌日物の金利を高め誘導していることがわかると思います。政府が求めたい結果を、敢えて実現させないようにしているかのような動きです。

 この日銀の動きに呼応するように、2000年8月に1万7000円ほどあった日経平均株価は、2001年2月には1万3000円程度にまで、2割以上低下することとなりました。

 ちなみに、2000年2月には日経平均株価は2万円を越えていましたから、日銀が無担保コール翌日物の金利を引き上げた2000年8月までに、すでに1割以上の株価下落が起こっていました。株価だけが指標ではないので、単純化はできませんが、経済が弱ってきている指標が明らかに出ているこの時期に、なぜ短期金利を高め誘導しなければならなかったのか、私には理解できないところです。

 このように、内閣がアクセルを踏み込んでいる時に、日銀はなぜかブレーキを踏むといったことが度々起こっており、これが日本の景気を回復させる邪魔になってきたと指摘されているというわけです。日銀法第4条に従うように政府が求めるのは当然のことでしょう。

 「日銀の独立」を楯にして、政府の経済政策への協力を拒否するのは明らかにおかしなことだと思われた方は、クリックをお願いいたします。
 

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コメント

1. ははぁー

まるで、邪魔をしてるかの様な動きですね。
意図的とも思われても仕方ないなぁー。
今日もありがとうございました(*^ー^)ノ♪

2. 無題

日銀の異常性は、探せばいくらでも出て来そうです。

手段の独立性は認められても、目的の独立性は認められません。
金融政策の目的が政府と乖離しているとしたら、既に日本の銀行とは言えませんね。

3. ありがとうございます

 私の稚拙な質問に対するこれほどまでの詳細なご説明、ありがとうございます。私はもっともっと勉強しなければいけないと痛感しました。

 

4. Re:ははぁー

>syo-tenさん
私の目には、日銀は国民経済よりも日銀の利益のことを心配しているようにも見えます。FRBのバーナンキ議長は、中央銀行がなんでそんなことを気にしているのかわからないと言っていますが、その点は同感です。

5. Re:無題

>慎之介(しんちゃん)さん
そうなんですよ。アメリカや中国の顔色を見ているようにも感じるんですよね。バブル退治のための1989年末から1990年前半にかけての、半年間で5度にも及ぶ金利引き上げも異常だったと思いますが、これなども日本以外の利益のために動いたんじゃないかと思いたくなるほどです。「日銀の独立性」のことはマスコミはよく口にしますが、「日銀法第4条」の話はマスコミはしませんよね。こういうところにも情報の歪みがあるように感じます。

6. Re:ありがとうございます

>ケビンさん
ケビンさんの謙虚な姿勢こそ学ぶべきものですね。ありがとうございました。

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