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市場原理を絶対視するのをやめよう!


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 企業が生き残りをかけて競争を行うのは当たり前だと、よく言われますね。本当によく言われるので、当たり前のように思っている方も実際に多いと思いますが、でも、これって本当にそうなんでしょうか?

 ちょっと考えてみてもらいたいのです。社会が必要とするものを、良質でぼったくりではない価格で提供できる企業ばかりが世の中に存在していたとしましょう。こんな状態であったとしても、市場原理によって淘汰される企業は必ず出なければならないのでしょうか?

 確かに、社会が必要としないものを生み出したりする企業は要らないでしょう。品質の悪い製品を提供してくる企業も要らないでしょう。ぼったくる企業もいらないでしょう。そうした、社会的な意義が根本的に薄かったり、悪質だったりする企業は、淘汰させていくことも必要になるのでしょうが、そうではない企業の場合には、淘汰の必要性は特にはないはずですよね。市場原理というものも、あくまでこのような社会的な意味合いが薄かったり、反社会的だったりする企業をなくしていくために役立てられるかもしれない、一つの仕組みにすぎないのではないかと思います。

 ところで、実際に市場原理が貫いている現実社会において、生き残っている企業は全てが社会的に有益で、潰れていった企業が社会的に意味がなかったと、本当に言えるでしょうか。もちろん、ある程度の関連性があることは認めますが、中には悪徳企業ゆえに栄えていたり、良心的企業であるが故に潰れてしまったというところも結構あるかと思います。こうした点については、皆さんにもきっと思い当たる節はあるだろうと思います。

 志を高くして、良質のものを提供している自負心を持つ企業でも、市場での生き残りのためには、顧客の不安をやや過剰に煽ったりするようなことには手を染めていたりすることも、現実には多いでしょう。市場があるからこそ歪まざるをえないという側面も、市場にはあるように感じます。このように現実を丹念に考える時、市場という仕組みを万能システムのように考えるのは、間違っているのではないでしょうか。

 もし、高いモラルを持ち、良質のものしか提供しない信念を持つ人たちばかりで成り立つ社会があったとしたら、そこで成立している企業も高い倫理意識を持ち、社会に役立つものを提供していこうという意欲にあふれていることでしょう。そんな社会が実現しているのであれば、市場原理というものが全面的に働くような状態ではない方が、却って社会が上手く回っていくんじゃないかということも、理解できるのではないでしょうか。

 従来、日本社会というものは、一部に市場原理を取り入れながらも、市場原理を全面的に採用することはしてきませんでした。市場原理の勝ち負けが社会的な有益性の優劣と必ずしも一致しませんし、そもそも勝者と敗者を決める市場原理は、ある種の野蛮さを持つものです。社会を構成する一人一人に高いモラルがあるならば、市場などという野蛮な仕組みに大いに頼る必要などもともとないはずです。そして実際に、そこまでのモラルを持ちえてきた社会が、従来の日本社会だったと思います。

 「談合」というと悪の権化のように現在では一般に思われていますが、実際には決してそのようなものではありませんでした。弱小の企業でも生き残っていけるように細やかに配慮したもので、その意味では当然業者寄りの仕組みであったといえますが、良質のものを提供しなければならないという暗黙のルールも控えていたからです。

 グローバルスタンダードなるものは、仕様書の基準を満たす部品の中で最も安価なものを世界中からそろえることで、一番価格競争力のある賞品を作るのが合理的ではないかという発想から生み出されています。このグローバルスタンダードなるもの中で競争を行おうとすると、仕様書が求める基準よりも良質の部品を作ろうというのは、実にバカげたことになります。確かに「ほどほどによいもの」はできるのでしょうが、こうした発想の仕方に何か違うなというものを日本人なら感じるはずです。

 少なくとも、部品作り一つの中にも「道」を求めてこれを極めようとする日本的な価値観は、グローバルスタンダードと相容れないのは間違いないところです。グローバルスタンダードによる市場原理が正しいとされる環境下では、少なくとも私たちの持つ美意識が活かされることは難しいでしょう。

 私たちは、市場原理というものの有効性がもっと小さくて済むような社会を目指すべきです。それはある意味では昔の日本に戻ればよいということにもなりますが、そのことを「後退」として表現するのは違うと思います。

 かつての日本社会は、市場原理などという野蛮なものに全面的には頼らなくても済む、高いモラルを築いてきた社会でした。近年はずいぶんと崩れてきましたが、それでも私たちの文化の底流には、まだそうしたモラルや美意識は存在しています。そうしたモラルや美意識を復活・強化させていけるような経済運営こそが、我が国にふさわしいものだと私は考えます。

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コメント

1. うんうん

前に、TVタックルだったと思うのですけど、中小企業の経営者の方が4人くらいテレビに出演していて、デフレが続いていていろいろ自分なりに経営努力したけれども、かなり厳しい状態です。とお話ししていたのですけど、レギュラーじゃないけどたまに出てくは人(名前忘れましたが)が努力が足りないんだよー。とバッサリ言っていたのを覚えてます。
その4人の経営者の中には、町工場の方もいました。
ホントに努力が足りないだけでしょうか?と違和感を持ちましたね。

2. Re:うんうん

>syo-tenさん
「努力が足りない」って、簡単に口にしてもらいたくないですね。まじめに働く気持ちを持った国民を生きていけない状態に放置しているとすれば、それはもはや国家ではないと、私は思います。

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