記事一覧

不況克服のための、スティグリッツ教授の見解

 現在の世界的な不況に対してどう立ち向かうべきかについて、今回はコロンビア大学のスティグリッツ教授の見解を見てみましょう。ご存じの方も多いと思いますが、スティグリッツ教授はクリントン政権時に大統領経済諮問委員会の委員長を務めたこともあり、ノーベル経済学賞も受賞しており、世界的に大変有名な経済学者です。

 スティグリッツ教授は、How to make the best of the long malaise(長期不況にどう立ち向かうべきか)という記事を、Financial Times に寄稿しています。この記事の概要をここでご紹介します。

 スティグリッツ教授はまず、今回の世界的な不況の原因について述べています。

 「危機が勃発する前は、アメリカ経済も、またかなりの程度で世界経済も、バブルに支えられていた」(Pre-crisis, America, and to a large extent the world economy, was sustained by a bubble.)

 アメリカにおいてもヨーロッパにおいても不動産バブルが発生していたことを、スティグリッツ教授は述べているわけです。

 「だが、バブルが崩壊して以降、消費が減退したのに、財政規律にこだわって政府がその穴を埋めることもしないから、企業の設備投資も減退している」
(Consumption will therefore remain weak and austerity on both sides of the Atlantic now ensures the state will not fill the void. Given this, it is not surprising that companies are unwilling to invest.)

 バブルが崩壊してデフレ的な方向に経済が動いたのに、政府の政策スタンスがこれに対応する方向に動いていないために、民間の設備投資まで減退する悪循環に陥っていることを述べているのでしょう。

 こうした状況の下で、アメリカは大規模な金融緩和策(QE)を2度にわたって取り、さらに3度目の金融緩和を実行しようとしています。スティグリッツ教授はこれまでの2回の大規模金融緩和策にも否定的な立場を取ってきましたが、3回目の金融緩和策(QE3)にはさらに否定的です。危機勃発してからは投資意欲が減退し、金利はほとんどゼロになってしまいました。ですからそんな状況下で金融緩和を行っても、国内投資を喚起する働きはほとんどないと考えているわけです。スティグリッツ教授は次のように述べています。

 「間違った金融政策のために、このような混乱に陥ったのだ。こんな政策を続けても今の混乱からは抜け出せない」(Bad monetary policy got us into this mess but it cannot get us out.)

 「QE3 は QE2 と比べても効果は薄い」(A third bout of quantitative easing will be even less effective than QE2.)

 「QE2 さえ新興国でのバブルを引き起こしただけで、国内の設備投資増には繋がらなかった」(Even that probably did more to contribute to bubbles in emerging markets, while not leading to much additional lending or investment at home.)

 では、これ以上の金融緩和に否定的なスティグリッツ教授は、ではどうすればよいと言っているのでしょうか。今回の不況の原因はバブルの崩壊によって生じた、1)消費の減退、2)緊縮財政による政府支出の減退、3)企業の設備投資の減退 です。ですから、1)消費を回復させ、2)政府の緊縮財政をやめ、3)企業の設備投資を増やさせる方向に政策の舵取りをすべきだということになります。スティグリッツ教授は次のように述べています。

 「少なくとも、アメリカのような低金利で借入ができる国では、正解は単純だ。高い収益事業に投資を行うのにお金を使うことだ。成長を産み、税収も増え、中期的にはGDPに対する国家債務残高を引き下げ、長期に渡って借入が安定的にできるようになる」(The real answer, at least for countries such as the US that can borrow at low rates, is simple: use the money to make high-return investments. This will both promote growth and generate tax revenues, lowering debt to gross domestic product ratios in the medium term and increasing debt sustainability.)

 「経済成長を図れるように、財政支出と租税のあり方を変革することだ。(通常の給与所得者の)源泉所得税は減税し、富裕層の課税は強化し、設備投資を行う企業には減税し、行わない企業には増税する。これで長期にわたる借入も安定的にできる」(Restructuring spending and taxes towards growth – by lowering payroll taxes, increasing taxes on the rich, as well as lowering taxes for corporations that invest and raising them on those that do not – can improve debt sustainability.)

 富裕層がためているお金は、消費されるわけでもなく、投資に向かうわけでもないので、経済を拡大させる役割を果たしていないと、スティグリッツ教授は考えているわけです。だからこのお金を増税によって政府が吸い上げて支出した方が経済を拡大させるにはよいはずだと考えています。一方、暮らし向きが悪化している通常の給与所得者は、所得税減税によって手取りが増えれば、消費が拡大することが期待できます。設備投資を行うかどうかで企業の課税も変わるとすれば、経済成長に向けての動きを作り出すことができるわけです。単純に増税か減税かの二分法で考えていないところに着目したいところです。そして、経済成長に導くことができれば、雇用も増え、税収も増え、設備投資も増えて、経済を好循環に導いていくことが期待できます。そうなれば、政府債務残高が積極財政によって拡大したとしても、GDPに対するその比率は却って下がることになり、長期的な財政の安定にむしろつながるのだいうわけです。

 なお、スティグリッツ教授は根強い財政規律派に対して様々な反論を行っています。

 「危機が起こる前は、アイルランドもスペインも財政黒字だったし、政府債務の対GDP比率も低かった。緊縮財政策を強化すれば、ヨーロッパの成長を確実に鈍化させ、財政赤字の問題を間違いなく巨大化させるだけだ」(Ireland and Spain had a surplus and low debt-to-GDP ratios before the crisis. More austerity will only ensure that Europe grows more slowly and its fiscal problems will mount.)

 経済を成長させることしか解決策はなく、経済を収縮させる緊縮財政路線は却って問題を深刻化させるだけだ、というわけです。

 だが、政府債務のデフォルトの危険はないのかという心配もあるかもしれません。実際、アメリカ議会が政府の債務の上限の引き上げをなかなか認めず、アメリカ政府のデフォルトが秒読み段階に達したと、世界中が心配したこともありましたね。だが、これに対してスティグリッツ教授はこう言っています。

 「アメリカ政府はドル建てで借入を行っており、自分でドルを刷ることができる。従ってデフォルトしようにもできないのだ」(The US pays its debts in dollars, and it controls the printing presses. There is thus no chance of a default.)

 議会が政府の足を徹底的に引っ張ることをすれば、デフォルトということも確かにないわけではないでしょうが、そうした国家的利益を無視するような愚かすぎることがなければ、デフォルトになることは原理的にはありえないということでしょう。

 そしてこのことに関連して、格付け機関に対して次のような嫌味も述べています。

 「バランスシートの負債の部しか見ない経済学者なんていない。なのにスタンダード・アンド・プアーズ(アメリカの格付け機関)はこんなところばかり見ている」(No economist would look just at the debt side of a balance sheet, yet that is what S&P focuses on.)

 そして、ヨーロッパでもアメリカでも、緊縮財政派が強い影響力を持ってきていることに対して、次のような厳しい批判を行っています。

 「この不況が始まったとき、大恐慌と日本の長期低迷から教訓を学んでいるから大丈夫だという話が様々に語られていた。だが実際には何も学んではいなかったのだ。採用してきた景気刺激策は弱すぎたし、短すぎたし、設計もすぐれたものではなかった。」(When the recession began there were many wise words about having learnt the lessons of both the Great Depression and Japan’s long malaise. Now we know we didn’t learn a thing. Our stimulus was too weak, too short and not well designed.)

 決して日本に対する嫌味としてこのようなことを述べたわけではないでしょうが、このような低迷をずっと続けてきたにも関わらず、従来路線をさらに強化する方向に政策の舵を切ろうとしている日本の姿は、スティグリッツ教授にはかなり奇妙に見えていることだと思います。

 スティグリッツ教授によって述べられるこのような見解が、日本ではマスコミに取り上げられることがないのは、本当に残念です。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

朝香豊AY

Author:朝香豊AY
FC2ブログへようこそ!