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東京電力の電気料金値上げ問題を考える(再び)


 東電の株主総会での猪瀬直樹東京都副知事の発言が、大きくテレビなどで取り上げられています。猪瀬氏の真意がどこにあるのかは本当のところはわかりませんが、少なくともマスコミ報道では東電を100%悪者として描き、総括原価方式だからダメなんだという話に収斂した内容になっていました。このことに対して、ものごとの歪みを感じずにはいられませんでした。

 「総括原価方式だからコスト意識がない」という批判が当てはまらないことは、以前にも確認しましたので、ここでは述べないことにして、株主総会で売却するかどうかで問題とされた、東電病院について、ここでは考えてみることにします。

 東電病院に対する批判は、「一般開放もせず、社員とOBだけを診療対象としながら、病院の運営は赤字で、毎年膨大なお金を注ぎ込んで経営を維持している。その分が庶民の電気料金に転嫁されている。東電に病院を売却させ、病院を支えるための資金投入をやめさせ、その分だけ電気料金を値下げさせるべきだ。」というものだと思います。

 そこで、まず「東京電力病院」についてウィキペディアで調べてみました。

 たしかに、「東京都内にはJR東京総合病院、NTT東日本関東病院、東芝病院など多くの民間企業立病院があるがいずれも一般患者を受け入れており、東京電力病院のように診療対象を自社関係者に限定する病院は稀である。」との記述があり、今日でも一般患者を受け入れていないことがわかります。

 ところがこの文に続いて、次のような説明文が載っています。

 「東京電力は企業立病院形態下での一般開放を検討し東京都に相談したが、東京都側は医療法を根拠に難色を示したとされる。」

 都の側が難色を示したわけですね。

 「東洋経済オンライン」には、東電の株主総会における山崎雅男副社長の発言を掲載しています。その発言は以下です。

「許可を得ている東京都に対して、(診療の)一般開放ができないかという相談もしてきたが、(東電病院のある)新宿区には大きな病院がたくさんあるため都から難しいと言われた。」

 どうやら、新宿区全体の病院経営を視野に入れて、病院経営の需給バランスが崩れることを恐れ、東電病院の一般開放を都側が渋ったというのが真相ではないか、ということがわかります。ですから、「株式会社から医療法人への変更をしないと認めない」という都側の説明は建前にすぎず、それとは別のやり取りが東電側と都側で行われてきたことが見てとれます。実際、都は東芝病院などの他の企業立病院には一般開放の認可を与えてきたわけですから、東電病院の一般開放を認めなかった理由が「企業立であるから」では、筋が通りません。

 そもそも医療法の規定とは、「営利を目的として病院を開設しようとする者には開設許可を与えないことができる」というものです。すなわち、営利を目的とする株式会社所有では、営利に走って医療の質が保てない恐れがあることを問題にしていると考えるべきです。東電病院が一般開放した後にそのような性質を有する病院に転化してしまうことを、都側が真剣に恐れて拒絶したのでしょうか。実に考えにくい話です。

 都側が東電病院の一般開放を認めなかったために、東電病院は多くの患者を受け入れることができず、経営的には厳しい状態に置かれたことがわかります。では、どのくらいの資金が東電側から東電病院に対して行われているのでしょうか。
 
 病院の必要経費がどのくらいかは、なかなかわかりにくいものですが、ネットの情報では、松戸市立病院は平成19年の「医業収益」は114億円で、これに対する松戸市からの年度負担金は40億円だったようです。とすると、年間で154億円の経費がかかるということです。ちなみに松戸市立病院の病床数は613床です。

 これを単純に病床数122床の東電病院の規模に引き下げて単純計算をすると、概ね30億円程度が必要経費として見込まれそうです。報道によれば実際の入院患者数が20名程度ということで、病院の稼働率は確かに低いわけで、そうすると必要経費の2/3にあたる20億円程度の補助が東電側からなされている可能性もあります。もしそうだとすれば、確かに大きなもののように見えます。

 では、とりあえず今概算として見積もった20億円という補助が実際になされているとして、それは我々にどのくらいの負担となっているのでしょうか。それを考えてみましょう。

 東電の売り上げている電気事業収入のほぼ5割が家庭からのものであり、残りの5割が大口企業からのものであることからすると、一般家庭が東電病院むけに負担している金額は年間で20億円の半額にあたる10億円ほどあるということになります。東電管内には約1900万世帯あることからすると、年間で1世帯あたり50円ほど、1ヶ月で4円ほどかと思います。1人当たりで考えればおおよそ2円ほどということになります。もちろんその程度の金額とはいえ、我々の電気料金に転嫁されている可能性は否定できません。ただ、この程度のインパクトであることを十分に認識した上で、今のような大騒ぎをしているのであればよいのですが、こうしたことを冷静に頭に置くこともしないまま、おおげさに取り上げているように思えてなりません。

 そしてむしろ、恐らくはその程度の負担であっても電気料金に転嫁されることが問題だと考えていたからこそ、東電側は東電病院の一般開放ができないかと、都に打診したのではないかと推察できます。ところが、都には都の事情があり、地域での医療の需給関係が崩れることを恐れて、その許可を出さなかったのでしょう。

 こうした背景を考えた場合に、東電が7000億円もの資産売却のリストの中に東電病院を含めなかったのは、こうした地域の需給関係という事情から、病院が病院として存立し得ない面も考慮していた可能性はかなり高いのではないかと思います。つまり、東電が東電病院を売却リストに載せなかったのは、企業エゴからではなく、公益的な観点から出された都側からの懸念を考慮したからかもしれないわけです。

 そうした可能性についても十分考えられる中で、一方的に企業エゴとして東電を叩くのは、フェアではないと感じます。少なくとも、この可能性を追求した上で、明らかに企業エゴだと判断できるに至るまでは、こうした批判は慎重であるべきではないでしょうか。

 さて、「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)には、「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」との規定があります。

 この条文は、過失・無過失に関わらず、原子力損害を与えた原子力事業者に無制限の賠償責任を課した、大変重い内容を持つものですが、ただしその損害が異常に巨大な天災地変によって生じた場合には、その責任を免除することを規定したものです。

 今回の1000年に1度の地震と津波が、この法律にいう「異常に巨大な天災地変」にあたるかどうかは、一言では言い尽くせないものがあります。私は個人的な見解としては、この程度までは事前に想定すべきだったとも思いますし、これに対する対処が十分でなかったことは、道義的には責めに当たることだとも思います。

 ただ、この基準が実際どの程度の規模を超えた場合にあてはまるのかというのは、民間企業が独自に判断すべきものではなく、ましてや私のような各個人がそれぞれバラバラの基準に従って判断すべきものでもないでしょう。民間企業がお金のかかる設備投資を怠りがちな中で、安全性確保の見地からここまでは必要だという基準は、政府の側が厳格に設定すべきものです。その基準に照らして基準に満たないことを東電が行っていたというのであれば、東電を責めるのは当然ですが、国の指導に従ってその基準を満たすことを東電が行っていたのであれば、その責めを一方的に東電に押し付けるのは筋違いではないかと感じるのです。

 政府がこの程度の地震や津波までは対応していなければならないとの基準を作り、東電がそれに従っていた時に、その想定を超える地震と津波が襲ってきても「異常に巨大な天災地変」にあたらないというのは、筋が通らないと思います。この意味で、賠償責任を求められるのは東電というよりも、むしろ政府なのではないでしょうか。

 ところが政府の側は自らの責任について棚上げして、東電を悪者に仕立てることで対応を図ってきました。東電としては恐らく言いたいことは山ほどあるかと思います。ですが、民間企業が、その存立が政府の手に握られているような状況で、政府にたてつくようなことを言えるかといえば、それはかなり難しいでしょう。このような弱い立場に東電が置かれているのをいいことにして、責任転嫁を図っているのが政府ではないかと、私には感じられてなりません。

 膨大な設備投資を行ってきた原発を発電に使うことは許されず、足下を見られた状況で高い金額で化石燃料の購入を行わざるを得ず、節電キャンペーンによって発電能力を遙かに下回る電力しか買ってもらえず、おまけに値上げも認められない。東電は、経営的に成り立たない無理難題をいくつもいくつも吹っかけられているように感じます。

 東電の売り上げは2011年で年間5兆1000億円程度、人件費は3700億円弱で、人件費比率は売り上げに対してわずかに7%程度にすぎません。現在、「給料をもっと引き下げろ」という圧力が強くかけられていますが、人件費をさらに5%圧縮しても、7%の5%ですから、売り上げに対して0.35%しか効果はなく、電気料金に大きく反映するようなものではありません。1世帯あたり月に20円ちょっとにすぎず、見せしめ的な意味合いしか事実上ないわけです。ちょっと計算してみれば、すぐにわかることです。

 東電社員はただでさえ肩身の狭い思いをしながら日々生活をしていて、言いたいことも事実上言えない立場に置かれ、この上2割の給与削減も受け入れながら、「まだまだ甘い」「意識改革がまだまだなっていない」と言われています。それどころか、さらなる給与削減は当然だという世論まで作り上げられてきました。こうした方策の帰結として、東電社員がどのようにしてモチベーションを回復して、真剣に働く気持ちになると考えているのか、私は教えてもらいたいです。

 このように、私は現在の東電叩きを尋常ではないものだと認識していますが、ではなぜこのような東電叩きがこれほどまでにマスコミによって盛り上げられているのでしょうか。東電を悪者にすることによって、自らの責任を追求されないようにしよういう、政府側の情報工作の成果ではないかと、私には感じられるのです。

 実際、このごたごたの中で、政府の責任はかなり薄くなっている感じが私にはします。「私たちの敵」である東電に対して「まだまだ経営努力が足りない」と攻め立てる側に立つことで、政府に対する批判は勝手に弱まっているというわけです。この全体像にもっと危機意識を持つべきではないのか、私はそう考えます。

 そして、世の中がこのように東電叩きに流れやすい環境にあるときに、これとは異なる視点を提示して、ものの見方のバランスを取らせるのが、本来のマスコミに求められている役割であるはずなのに、マスコミはむしろこうした一方的なものの見方を自ら先導しています。このおかしさにマスコミ人さえ気がついていないとすれば、実に危機的なことではないかと私は思います。
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