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大津市のいじめ・自殺問題を考える

 実に痛ましい事件があったことが明らかになりました。自殺をした少年やその家族の苦しみは、言語を絶するものがあっただろうと推察します。特に自殺後に、加害生徒のご家庭ばかりでなく、学校や警察までもがまともにとりあってもらえないという事態に直面した時の、怒り・悲しみ・絶望感は、いかばかりのものであったのでしょうか。あまりにも遅いともいえますが、ようやく世間の知るところとなり、風向きが完全に変わったことで、被害者一家の心の曇りも、少しは薄らいでいてくれればと思います。

 断片的なニュースしかありませんので、事件の全体像はまだまだ闇の中です。ですから、現在報道されている加害側の生徒の断罪が、どの程度妥当性があるのかは、私にはまだわかりません。日本のマスコミ報道は一方向に偏りがちで、多様な見解が提供されることが少ないので、この点については、現段階ではあまり語るつもりはありません。

 私が今回問題にしたいのは、大人たちの話です。

 加害者生徒のある母親は、「人権を守る大津市民の会」を構成している、「大津市地域女性団体連合会」の会長だということが明らかにされてきました。

 親の意識が子供にそのまま反映するといった、無茶苦茶なことをいうつもりはありません。親が立派な人であったとしても、子供が同じような意識を持たずに問題行動を起こすことだって、当然あり得る話です。親が子供に影響を強く与えるとしても、子供が問題を起こしたから、親こそがその原因なのだというつもりはありません。

 ですが、「人権を守る大津市民の会」の運動に積極的に参加するほど、「人権」に関心が深いはずの母親が、自殺してしまった子の人権には大して関心がなく、我が子を転校させることで「解決」を図っていたことの重みは、まじめに考えてみるに値するかと思います。つまり、この母親が考える「人権」は、世間一般で捉えられる人権とは、似て非なるものだったのではなかったかということです。

 つまり、自分たちのことを「弱者」だと声高に叫ぶことで、「弱者」として自分たちを「保護」してもらうことしか関心がないのではないか、ということです。そして、「弱者」を名乗る人間が「連帯」することで、彼らを特別扱いさせていくことを「人権活動」だと考えていたのではないかということです。そして、自分たちに対して向けられる批判は、自分たちを押しつぶそうとする「強者」の側の横暴であり、これとは断固として闘う必要があるというように、彼らは考えてきたのではないかと思います。

 悪いことをすれば、最低でも謝罪は行い、その上でできるかぎり罪をつぐなおうとすべきです。これは人として当然の行動であって、それは強者か弱者かということの以前の問題ではないでしょうか。ところが、この母親はこの単純な事実にさえ気付いていなかったのではないかと思われるのです。そして、気付いていなかったのは、この母親だけではないようです。

 「人権を守る大津市民の会」はその趣旨を「本会は、基本的人権を尊重する自主的な市民運動の輪を広げるなかで、民主主義の基本理念である「自由と平等」についての自覚を高め、市民の人権意識の高揚を図ることを目的に諸事業に取り組んでいる。そこで、人権を大切にする機運を一層醸成するため、人権啓発活動を実施する 」ということに置いているそうです。

 この母親のこの問題への対処方法は、この会が自覚を高める必要を認めている「自由と平等」の見地から見て、絶対に看過できない事態であるはずなのに、この会は、この自分たちの足下で起こった痛ましい事件に対して、人権の見地から何らかの声明を発表することすらしてこなかったようです。少なくともウェブページ上では、確認できませんでした。すなわち、「人権を守る大津市民の会」全体が、このような母親の行動を、かれらの捉える「人権」の見地で見てみた場合には、さほど重要なこととはみなしていない、ということを表しているように思います。ここに、こうした「人権」を声高に叫ぶ団体の考える「人権」の特殊な性質が浮き彫りになっていると、私には感じられます。

 さて、この大津の事件に関して、日本教職員組合はどのような見解を表明しているのかと思い、検索をしてみましたが、何らのコメントも出していませんでした。日本教職員組合も、こうした現実に発生した痛ましい事件を、事実ベースから捉えようとはしていないようです。恐らくは、この事件をきっかけとして、自分たちへの圧力が強まることに対する「警戒心」が先に立ち、事実に対して誠実に対処するという姿勢は、どこかに行ってしまったようです。そして、そのような姿勢が、却って信頼を大きく損なわせることになるという単純な事実にも、目が向かわなくなっているのでしょう。

 大津市教育委員会は、1回目のアンケート結果は県警に渡したものの、2回目のアンケートがあったことさえ県警には伝えていなかったと報じられました。しかも、1回目のアンケート結果も「要約」のみだったといいますから、何かを隠したいと考えたのは間違いないところでしょう。こうした隠蔽的な状態を前にして、滋賀県警は強制捜査に乗り出しました。これに対して、大津市の澤村教育長は「抗議」したそうですが、この「抗議」も先の「警戒心」と同根から来るものでしょう。

 イデオロギー以前の事実に、しっかりと立ち向かえない「人権活動」のいかがわしさに、私たちはしっかりと目を向けるべきだと思います。そして、これまで「人権」の名のもとに保護されたり、語ることをタブー視されたりした諸事実が、本当に保護するに値するものなのかどうか、事実ベースから捉え直すべき時期が来ているのではないかと、私は考えます。

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