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漁業から見る、規制の必要性


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 日本の漁業が危機に瀕してきているのはご存知でしょうか。

 日本は世界第6位の広大なEEZ(排他的経済水域)を持ち、世界3大漁場の一つを有しているはずなのに、日本の漁獲高はどんどんと落ちています。資源管理が不十分であったために、水産資源が枯渇してきていることに原因があります。



 日本にも漁獲制限がありますが、「早い者勝ち」になっているために、うかうかしていると獲れなくなる恐怖が漁師の側にはあるようです。特に高い金額で取引される成魚が減っているために、成魚をなるべく多く獲るためには、他の漁師に先んじる必要があるのでしょう。そこで漁師は漁が解禁になると、優良漁場にわれ先にと向かうことになります。このため、漁場に向かう際にも全速力で向かおうとするため、石油も余計に使うことになります。そして既に成魚を獲りすぎていて成魚があまり獲れない中で、子供の魚にもどんどんと手を出すことになります。

 成魚は高く売れますが、子供の魚では大した金額にはなりません。それでも成魚だけにこだわっていると採算が全く合わないので、子供の魚でも獲るより仕方なくなっています。結果としてまだ放っておけばこれから子供を生んでくれる魚までどんどん獲り尽くしてしまうために、さらに将来の漁業が立ち行かなくなっていくわけです。

 そんな子供の魚まで獲ったらじり貧になるということは、漁業者も理解しています。しかしながら、自分一人が子供の魚を獲るのを自粛したところで、他の全ての漁業者が同調して自粛してくれなければ、何の意味もありません。自分だけが生活ができなくなるだけに終わってしまいます。そのために、個別の漁業者に良識や良心があったとしても、それに任せて資源量の回復を目指すことはできないわけです。

 しかしながら、政府が個別の漁業者の漁獲のあり方にまで細かく口を出すことは、国家主義を嫌う戦後の風潮の中でタブーになってきました。漁業者に良識や良心があることを国は信頼していないのだ、悪しき国家主義に基づく態度なのだと批判されることを、行政は恐れてきたのです。そのため、効果的な手が打てずに来ました。

 そして漁業者の個別割当をしっかりと行って漁業の資源管理が行き届いているノルウェー、ニュージーランド、アイスランド、アメリカ、オーストラリアなどでは、漁業が成長産業となっているのに、日本では衰退産業になってしまっているということが起こっています。

 さて、上記の話はもちろん漁業に関する話ですが、この話は漁業だけではなく、広くいろいろな産業にも当てはまる話として考えてもらいたいと、私は考えています。

 国家規制を小さくすることは常に善だというわけではないのです。中には規制がほとんどいらない市場もあるでしょうが、そればかりではないわけです。どの程度のどのような規制が好ましいのかは市場の特性に左右されるものであり、個別具体的に考える必要があるわけです。

 マーケットメカニズムは全否定されるほど役に立たないシステムではありませんが、全幅の信頼を寄せられるほど優れたものでもありません。どのような制度設計を行っても完璧にはなりえませんが、マーケットメカニズムがなるべく問題が少なくなる形で機能していけるように、様々な規制を必要に応じて加えていくことは、当然求められる処置だということを、理解してもらいたいのです。

 何でも政府の干渉を極端に嫌い、規制緩和は全て素晴らしいと持ち上げ、あたかもマーケットメカニズムが万能であるかのように考えがちな世の流れは、危険なものではないかと思います。


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コメント

1. どうもです!

ブログ読ませていただきました!私のブログにも足を運んでみてくださいね!これからもブログ読ませて頂きますね!!

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