記事一覧

経済効率性を絶対視するとはどういうことか


政治 ブログランキングへ

 経済効率を優先して、より大量に、より安価に生産が行われることについて、皆さんはどう思われるでしょうか。もちろんそれは全面否定されるようなものではありません。経済効率が上がり、より安価に生産が行われることに、私たちに大きな利益をもたらしてくれる側面があることは、間違いないところです。

 しかしながら、経済効率を優先するあまり、例えば労働過程が著しく非人間的なものとなる場合に、私たちはこれを容認すべきなのかどうかは、まじめに考えたい論点です。

 一例として、なるべくコストをかけずに豚を飼育しようとすることを考えてみましょう。この場合に豚の密度を上げることが、当然効率的になります。その結果として、以下の写真のような環境下で豚が飼育されることになります。





 このような飼育環境は、豚にとって極めて劣悪であるのは言うまでもありません。そして、このように密集した非衛生な環境のもとでは、いったん病気が発生すると養豚場全体に病気が蔓延しやすいことを意味し、その損害は計り知れないことになります。従って、エサに大量の抗生物質を混ぜ込んで飼育して、病気の発生を未然に防ぐことに全力を挙げるとともに、病気の兆候が見て取れた豚が発生した場合には、即座に間引くことも必要になります。間引かれた豚は当然ながら殺処分されるわけですが、これが飼育している豚のおよそ1/3ほどにものぼるといいます。なお、このような飼育形態は、徹底した経済競争に晒された現在のアメリカでは極めて標準的なものとなっていることを、付言しておきます。即ち、アメリカから一般的にイメージされる牧歌的な農場は、今やむしろ例外に属するわけです。

 私がここで述べたいのは「豚がかわいそう」という、単なるセンチメンタルなレベルのことではありません。こうした養豚場で発生する糞尿の処理のことだけでも考えれば、ここで仕事をするということが、どれほど非人間的であることかも理解できるでしょう。つまり、豚ばかりではなく、ここで働く人間にとっても劣悪な環境であることは免れないわけです。実際、アメリカにおいても、どんな仕事でも厭わずに就くと言われている不法移民でさえ、この仕事からは逃げ出すことが多く、それで最近は刑務所の囚人が労働力として駆り出される傾向が高まっています。どんな劣悪な環境下にあっても逃げ出すことのできない囚人こそ、こうした環境下に最も適した労働力だということになるのでしょう。

 当然ながら、多くの命が失われるのが当然であることがもともと予見される環境で働くこと自体が非倫理的ですし、病気の兆候が見られただけで殺処分を行うということを強いられることも非倫理的でしょう。殺処分した結果生み出された死体を、単なる物質であるかのように扱うことを強いられることも非倫理的でしょう。



 経済的効率性を最優先するのが当然であるという考え方を前提とすると、私たちの精神性や文化性は非常に大きな変容を迫られることになります。つまり、経済的効率性絶対主義というものが、私たちの文化を規定し、私たちのあり方を規定する力を持っているということを忘れるべきではありません。

 TPPに加入することによって、もっと厳しい経済効率性を求められるようになり、日本経済を強化できるという意見があります。ぬるま湯に浸かっているようでは成長しないし、そんなぬるま湯の中でしか存在しえない産業などなくなってしまえという意見もよく耳にします。しかしながら、私たちの持つ日本文化の特質の中には、自然や他者との共存というものも一つの柱になっており、勝ち組と負け組が明確に分かれてしまうということ自体をそもそも嫌うところがあります。いわば、経済効率性絶対主義と真っ向から対立するような考え方が文化や精神性の中に埋め込まれているわけですが、この私たちが持つ文化や精神性は、時代遅れの古くさいものでしかなく、乗り越えられなければならない過去の遺物なのでしょうか。

 TPPとの関わりで問題となる経済効率性の問題を、このような文化面に与える影響の観点から掘り下げた議論は、ほとんどなされてきていないのではないかと思います。TPPに関する議論にはいろいろと乱暴な議論が目立ちますが、文化面・精神面に与える影響を無視しして、経済効率を上げるものかどうかという観点のみで TPP について善悪を捉えることも、そうした乱暴な議論の一つではないでしょうか。

 TPPについて考える際には、私たちの持つ文化や精神性への影響を無視すべきではないとの見解にご賛同頂ける方は、ブログランキングへの投票をお願いいたします。


政治 ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメント

1. 工学の指向性

こんにちは。

私は経営工学部出身です。
まさに経営・生産・品質・小売り・サプライチェーンなど、いかにlaw cost で high profitを得るかという工学でした。

典型的なサプライサイド工学ですね。

ですから私も、会社に入ったとき、物が売れないのは努力が足りないからだ。
と考えていましたよ。

生産性工学という講義も受けましたね。もう忘れちゃってますけども。

「工学」というのはすべからく、数値を想定してそれにどれだけ近づけるかを考える・・・という「指向性」のようなものが、内在しています。

生産性工学ではローコストでハイprofitを出せるように、生産性を上げていくのですから、

結果・・・人余りになります。(生産性を上げるために研究員として頑張っていたら、生産性が向上して、自分はいらなくなった・・・という笑えない話なのです。)

これは工学の持っている宿命なんです。

20世紀、私たちは工学を信奉しすぎました。
その結果がこれです。

ディマンド工学が必要です。
それがケインズなのかどうかは、
調べてないので、わかりませんんが。

サプライサイド工学だけではだめです。

2. 無題

仰る通りです。

本旨で触れている件もそうですが、資本主義のや金融システムの限界が来た感が有り、改善版資本主義なりなんなりの発明とそれに伴う意識改革が必要になったと思わざる得ません。

3. 無題

AJERでお世話になっているものです。匿名で初めてコメントさせて頂きます。

既存のサプライサイドに立脚した経済学は、やはりおかしいと思います。
リカードの比較優位を根拠として、競争劣位は捨ててしまうという考え方はダメだと思います。

他の方もコメントしてましたがデマンドサイドが重要だなぁと思います。ケインズだと思います!

現在なら三橋貴明さん、原丈人さん、等が考える新しい資本主義の構築が必要だと思います。

4. Re:工学の指向性

>まささん
おっしゃる通りで、サプライサイドだけの視点は限界が来ているということだと思います。
「ディマンド工学」とは、面白い発想ですね。ディマンドの求められる数値を設定し、それにどれだけ近づけるか考えるということですね。
文化的・精神的側面に加えて、こういう指向性も大切だと思います。

5. Re:無題

>speeddemonさん
その通りですね。資本主義というものは、本質的には暴れん坊で、破壊的な性質を内在しています。これを社会的に調和がとれるように制御するという発想が必要で、それができないというのであれば、マルクスの言うように、革命が必要になるはずです。社会主義への幻滅が広がり、社会主義化の危険が薄れてから、資本主義の側(経営側)は横着になったと思います。以前のように累進課税の強化を進めていく方が健全だと思います。国内企業は大もうけをすると高い税金を課される反面、外国企業よりも国内操業に大きなメリットが与えられるというような方向性があってよいのではないかと、個人的には思っています。今の流れとは逆方向ですね。

6. Re:無題

>グラースさん
コメントありがとうございます。ケインズの復権は本当に大切ですね。さらに、私たちの持つ精神性を自覚し、その観点から競争のあり方・規制のあり方についても考える視点が必要ではないかとも思っています。規制はなければないほどよいという単純なものではないんじゃないかなと。仮にサプライサイドの方が弱かったとしても、規制の緩め方は自分たちの文化との整合性を考えるべきではないのかというのが、私の意見です。

7. 売国

8. Re:売国

>テキサス親父さん
例大祭にせよ、この発言にせよ、安倍総理に関する幻想が失われて、かえってよかったかもしれません。TPP阻止に向けて運動を高めていきたいところです。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

朝香豊AY

Author:朝香豊AY
FC2ブログへようこそ!