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吉田証言を否定した以上、日本軍の組織的強制連行は存在しない!


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 朝日新聞の過去の慰安婦報道の誤りを一部認め、報道した記事の削除を行ったことに関して、非常に奇妙な朝日新聞擁護論がマスコミ界に広がっています。その典型が神奈川新聞の社説に見られます。今回から数回はこの神奈川新聞の社説を取り上げて、考えてみたいと思います。今回は日本軍の強制連行はこれで崩れたかどうかです。

 神奈川新聞の社説には次のような文言が出てきます。

 朝日が誤りだったとしたのは「強制連行をした」という吉田清治氏の証言だ。韓国・済州島で朝鮮人女性を無理やりトラックに押し込め、慰安所へ連れて行ったとしていた。30年余り前の吉田証言は研究者の間でも信ぴょう性に疑問符が付けられていた。旧日本軍による強制連行を示す証拠は他にある。日本の占領下のインドネシアで起きたスマラン事件の公判記録などがそれだ。だまされて連れて行かれたという元慰安婦の証言も数多い。

 神奈川新聞の言い分からすれば、吉田証言以外にも強制連行の証拠はあるのだから、吉田証言を取り消したからといって日本軍による強制連行がなかったというのは論理の飛躍だということになるのでしょう。その証拠としてインドネシアで抑留されていたオランダ人女性に慰安婦になることを強要したとされるスマラン事件を挙げています。

 スマラン事件とは、オランダ人抑留所から日本軍が35人の女性を連れ出して1944年2月に慰安所を開設したとされる事件です。慰安所開設の2ヶ月後に、抑留所視察に来た小田島大佐に対して、自分の娘が無理矢理慰安婦にされたとのオランダ人の訴えがあり、その訴えに基づき1944年4月に慰安所は閉鎖となったとされています。この事件の真相は本当はよくわからないところだらけなのですが、35名のうち25名が強制連行だったと、オランダ側が開いた1948年のバタビア臨時軍法会議では認定されています。

 日本に対する報復裁判ともいえるこの軍法会議の結論がどこまで正しいと言えるのかは疑問のつくところがありますが、とりあえず全面的に正しいと考えてみましょう。この場合、慰安所には自由意思の者だけ雇うようにという軍司令部のガイドラインを無視する行動を軍の一部が暴走して行ったということになります。この暴走を日本軍が組織的に行ったというのは正しい認識だといえるでしょうか。

 ガイドラインを徹底させることができなかったという点での管理不行き届きについて責任を問うことまではできるでしょうが、日本軍として組織的に意図的に犯罪行為を実行したというのは、明らかに言い過ぎではないでしょうか。

 日本軍として組織的に意図的に犯罪行為を実行したというのであれば、日本軍が軍の方針として強制連行を行っていたとか、強制連行を行わせていたといったことがあるかどうかでしょう。軍の方針として強制連行を認めるところまでは行っていなかったとしても、そういう事態があった場合に黙認していたのであれば、それはやはり組織的な問題として厳しく問われるべきだとも思います。

 しかしこのスマラン事件の場合には、無理矢理慰安婦にされたとの訴えが情報として入った段階で、軍の定めたガイドラインに違反していると認定して閉鎖処置を取っているわけですから、日本軍全体の組織的犯罪のように責め立てるのは筋違いだということになるはずです。自由意思に基づかない慰安婦は認めないというのが日本軍のガイドラインであり、この事件に関してもこのガイドラインに基づいて逸脱行為を修正していると判断すべきです。つまり、日本軍は組織としては強制連行を明確に認めない立場に立っていたことがわかるわけです。

 「だまされて連れて行かれたという元慰安婦の証言」というのもよく使われますが、だましたのは一体誰なのかを明確にしないで語るのは適切ではないと考えます。貧しさに負けた親が子供をだまして売り飛ばしたとか、悪徳業者が甘言でだましたというのも、日本軍が悪いということになるのでしょうか。日本軍も日本の警察もこういう自由意思に基づかない慰安婦の問題の解決に力を尽くしていたというところを正しく見ないのは、フェアではないでしょう。当時の朝鮮半島で発行されていた新聞にも、こうした不法な業者の摘発の記事がいろいろと載っています。








 
 吉田証言がなくても日本の強制連行は否定できないとの神奈川新聞の主張が、いかにおかしなものであるかは明らかでしょう。いい加減、旧日本軍は悪の軍団だったかのような固定観念の絶対視をやめていただきたいものです。


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 なお、ここから先は蛇足かもしれませんが、スマラン事件に関しては、希望者を募って慰安所を作ろうという構想がもとになっているということも、頭に置いておいてもらいたいところです。実務の責任者として岡田少佐が担当し、あらかじめ入手した希望者名簿をもとにオランダ人抑留所から35人の女性を連れ出しました。バタビア臨時軍法会議では、岡田少佐は最後まで当人たちの自由意思であることを主張し、彼が書いた「青壮日記」には「時勢が変わったので我々に協力していたことになっては彼女達の立場がないのかと想像」したとの記述があります。慰安所の開館に際しては彼女たちの注文をいろいろと聞き入れたことも書かれており、強制連行だったとひとくくりで語るのも適当ではないのではないかとの思いを、私個人は持っています。

 実際このバタビア臨時軍法会議の判決文にしても「自由意思で売春を行う女性は皆無か、いたとしてもごく少人数であり、売春をさせるために実力行使が行われるであろうことを承知しながら、あるいは当然、その疑いを持つべき立場にありながら、女性たちに売春婦として働くことを命じた」となっています。つまり、岡田少佐が自由意思だと主張していることに根拠があることは認めつつも、慰安婦になることを拒絶すれば暴力的なことがあるかもしれないと彼女たちが恐れることを計算に入れずに慰安婦の募集をやったのだろうから、女性たちが「自由意思」で集まったとしても、そんなものは自由意思とはいえないというレベルの判決文だったわけです。かなり強引な強制連行の説明になっているんじゃないかと、個人的には思っています。


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