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自由貿易万能論を批判する(2)


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 自由貿易に対する批判として、今回はフィリピンにおける木材生産の推移を題材に考えてみたいと思います。

 私が解説をする前に、平成4年版の環境白書に書かれたフィリピンの木材生産に関わる記述をまずご覧下さい。

 FAOの統計によれば1950年(昭和25年)から1974年(49年)までのフィリピンの木材総生産量は1億8680万㎥であり、そのうち全体の64%にあたる1億1954万㎥(丸太)が輸出されている。フィリピン産のラワンは、合板加工に適しており、その高い品質で国際的に知られていたため、伐採が進み、輸出量が60年代を通じて急増し続けた。内外からラワン材伐採の行き過ぎを懸念する声が上がり、ついにフィリピン政府も、資源保護と木材加工業の振興を目的として1976年(51年)丸太輸出禁止措置を導入し、1986年(61年)丸太輸出が完全に禁止された。この間、1950年(25年)には国土の50%を超えていた森林面積は、1988年(63年)には22%にまで減少し、ラワンの原生林(フタパガキ林)は3%を残すだけとなるなど、フィリピンの森林の減少、劣化は著しく進行した。

 要するに、合板加工に適した高品質のラワン材が簡単に手に入るということで、バッサバッサと伐採してしまったために、森林が国土の50%から22%にまで激減するほど森林環境が劣化したというわけです。

 この環境白書に掲載されていた「アジア諸国の丸太輸出量の推移」というグラフをご覧下さい。ちょっとわかりにくいのですが、棒グラフは実は4層に分かれていて、そのうちの一番下の層がフィリピンのものです。1970年を頂点として丸太の輸出がどんどん落ち込んでいったことがわかります。


 そして、いったん盛んになった木材開発がその後急激にしぼんでいくという点では、インドネシア(棒グラフにおいてフィリピンの1つ上の層)でも同様のことが起きていることが理解できるかと思います。

 目先の経済合理性と価格競争力を追求する中で、森林の持続性というものは疎かにされ、自然環境が容易に破壊されていきました。そしてその結果が、台風が襲来したりした時に容易に水害が発生する国土への転換であったわけです。

 なお、環境白書には「木材加工業の振興」のために丸太の輸出が禁止されたかのように書かれていますが、丸太の輸出が完全に禁止された1986年以降に製材や合板の輸出が増えているわけでもないということも、確認しておきたいところです。環境白書に記載されていた「フィリピンの木材輸出量の推移」のグラフをご覧下さい。


 フィリピンは木材の輸出国から輸入国へとその姿を正反対に変えざるをえなかったというのが現実なのです。

 フィリピンの地元民にとってさらに不幸なのは、こうした森林開発を手がけたのが主として華僑系の資本であって、彼らからすれば「よそ者」だったことです。「よそ者」によって勝手な森林開発が行われ、そこで生じた利益は当然にも「よそ者」に持っていかれたにすぎません。そして残ったのが禿げ山と水害であったわけです。地域に根ざした地元資本であれば、ここまで将来を犠牲にする開発は行わなかった可能性は高いのではないかと思います。

 それはともかく、1960年代から70年代初頭に関しては、高い国際競争力を有していたことによって、丸太の輸出は当然のごとくに伸びてしまったわけです。仮に木材の輸出入に関して各国が保護主義を取ることが普通に認められていれば、フィリピンの森林開発は適度なものにとどまっていた可能性も高いわけです。

 私たちは、戦後の拡大農林政策によって植樹された日本の杉や檜は、とっくに伐採に適した時期に達しているのに、海外からの輸入材との価格競争には勝てないことから、伐採が見送られ、人の手入れがなされないままに荒廃してしまっているということも、併せて見ておかなければならないと思います。

 貿易自由化は当然のことだとする見解の中で、本来伐採が制限されるべきところで伐採がどんどんと進み、本来伐採が進められるべきところで伐採が進まないという不正常な状態が生まれています。これも貿易自由化は世界の経済資源の配分を必ず最適化するものだという思い込みがもたらした悲劇ではないでしょうか。


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