記事一覧

自由貿易絶対論は危険だ!


人気ブログランキングへ

 今やグローバリズムの時代なのだから、それにふさわしく自由貿易を推進するのが正しいあり方だという考えが世の中に広がっています。そしてこれに疑問を差し挟むこと自体がすでに何かおかしいと考えている風潮があるように感じます。そのような考えを当然だと思っている人たちには過去のグローバリズムの時代がどういう時代であったかを、ぜひ振り返ってもらいたいと思うわけです。

 私たちが頭に浮かべるべきグローバリズムの時代としては、いわゆる大航海時代というものがあります。ヨーロッパが新たな航路を確立する中で、他の世界と密接につながるようになった、まさにグローバリズムの始まりのような時期でした。このグローバリズムの時代というのが歴史上の負の遺産とも言うべき植民地化の時代と重ね合わされるということについては、異論のある方はいないかと思います。

 このような話を提起すると、かつての植民地化には非道徳的なことが数多くあったわけだから、現代のグローバリズムを批判するのにこういう例を持ち出すのは不適切だと考えてしまう人も多いかと思います。もちろん、そういう側面があることは認めますが、それでもなお私はこの時代のことを具体的に頭に思い描いてみることに意味はあると考えています。

 まず第一に、幕末期に黒船の来航により開港を迫られた我が国のことについて思い出して頂きたいのです。江戸幕府は生糸、雑穀、水油、蝋、呉服の五品目について必ず江戸の問屋を経由しなければならないとする「五品江戸廻送令」を発布しました。これはこうした商品が国内市場よりも外国人が高値で買ってくれることから、江戸の商人の手に渡さないで外国商人に売るということが広がったことに対抗するためでした。つまり、自由貿易が展開されることによって、国内需要として必要な商品が国内流通から外れることとなり、国内に深刻な物不足が発生し、物価の高騰を引き起こしたわけです。これを黙って見ているわけにはいかないというのが、江戸幕府の姿勢でした。ところがこれに猛反発したのが外国商人たちで、彼らは自由貿易を妨害する幕府の行為を厳しく批判したのです。

 忘れてはならないのは、決して外国商人が不当に安い値段で不当に多い量を武力を背景に買い入れるようにしたというわけではありません。むしろ国内で流通している価格よりもかなりの高値で外国商人は購入していきました。その意味では決して不当な経済取引であったわけではありません。しかしながらその行為が従来の流通ラインを破壊したために、国内経済的に大きな混乱を引き起こしたわけです。この結果、庶民に生活に必要な物資を安価に提供することができなくなり、国内に大混乱がもたらされ、幕府が滅亡する基底的原因となったわけです。自由貿易には既存の安定した土台を徹底的に破壊する力を持っているということをよく理解しておく必要があるわけです。貿易の自由度を高めたらよいかどうかを考える場合には、受けるメリットについても当然見るべきでしょうが、こうした負の影響についても軽んじることなく考えることが前提となるべきです。こうした前提を事実上無視する形で自由貿易について論ずるというのは、明らかに片手落ちではないでしょうか。

 第二に、通商上のルールというものがかつてと比べると発達しているといっても、自由貿易の弱肉強食という基本的性質は何ら変わっていないというところを見誤ってはいけないと考えます。例えば米を完全に自由化したとすれば、ただでさえ国内で米がだぶついている状況にあって、安価なカルフォルニア米などが日本市場を席巻することが何をもたらすかをまじめに考えるべきでしょう。日本の農家が壊滅的な打撃を受けるようになったからといって、米国をはじめとする諸外国が輸出を自粛してくれるはずなどないわけです。勝てる状況にあれば、その状況を利用して相手は徹底的に容赦なく攻めてくるわけであり、それは既存の秩序の破壊につながります。その結果として国内でどんな状況が発生しても打つ手がなくなるということを考えておかなくてはなりません。何らかの形で日本の農業を守ろうとすれば、それは外国に対して不利な状況をもたらそうとすることになり、当然ながらそれは保護主義になります。それができなくなるということが自由貿易主義だということを私たちは忘れるべきではありません。

 第三に、我々が取引するのは確かに商品ではありますが、その影響は取引する商品だけに限定されないということです。例えば日本の米作りが衰退して休耕田ばかりになったとしたら、台風がもたらす豪雨を保水してくれていた水田を我々は失っているということを意味することになるでしょう。それは災害に対して我が日本が脆弱になるということを意味するのであり、単純に日本の米が外国の米にとって代わったという以上の意味合いを持ちます。こうした一般の市場では取引されることのない価値を我々が勘案しなければならないということに目を向けた場合に、市場取引されるものだけの効率性のみで自由化の是非を捉えることの危険性が浮き彫りになるでしょう。

 第四に、自由貿易を押し進めると、外的ショックに脆弱になるという点です。小泉政権時代に、日本の内需はもはや期待できないとの立場から、円安誘導を行って輸出を高める戦術をとったことがあります。輸出量を増やすということですから、少なくとも当時は日本経済にとって悪い話ではないとの考えが一般的だったと思います。当時は米国も欧州もバブルに浮かれ、その影響も受けて中国も経済を大きく拡大しており、日本からの輸出も比較的伸ばしやすかったという事情もありました。しかしながらリーマンショックを契機として世界経済は一気に反転しました。その影響は世界中に及びましたが、それまでの循環が逆流したことから、今までの流れの中で伸びを見せてきた日本経済に与えるショックは非常に大きいものがありました。もし日本が21世紀を迎えてからリーマンショックまでの間に輸出主導型の経済成長政策を採用せずに内需主導型の経済成長を目指していれば、あれほど大きな外的ショックを日本経済に与えることはなかったでしょう。

 全世界的にリーマンショックに対する無茶苦茶とも言える緊急対応によって、この危機は何とか乗り切ることはできましたが、同じようなショックが再び発生した時に同様の対応をとることができるのかと言えば、かなり難しくなってきたということも忘れてはいけないと思います。リーマンショックの時にはバクチに踊った金融機関を救済するために7000億ドル(80兆円)もの公的資金を注入する緊急経済安定化法のようなものが米国で成立してなりふり構わない救済が行われましたが、こんなことを何度も繰り返すことができると考えるわけには当然行きません。無茶な救済ができなくなるとすればショックは連鎖的に拡大し、経済は壊滅的な影響をうけることになります。この時に輸出入の比率が高くなればなるほど、国内経済に与える影響はそれだけ大きくなります。しかも自由貿易の原則に縛られて国民経済を保護する術がとることが許されていないとしたら、その時のショックは激甚なものとなります。世界経済が収縮する中にあっては、開かれた市場を巡っての争いは熾烈なものとなり、それが原因で戦乱に陥ることがあるのは、第二次大戦でも経験済みではないでしょうか。あの戦争も1920年代に進んだグローバル化が1930年代の経済収縮の流れの中で矛盾を拡大させた帰結であることを、私たちはわすれるべきではないと思います。

 全ての自由化が意味がないという極端な議論を展開するつもりは私にはありません。自国に対して与える影響が軽微であり、それに対して受けられるメリットが大きいと考えられるものについては当然自由化を推進すればよいでしょう。しかしそれはあくまでもケースバイケースによると考えるべきであって、一律に全品目について当てはめるのが基本的には正しいというのとは随分違ったところにあると私は考えています。


人気ブログランキングへ

 今年一年、皆様大変お世話になりました。これが今年最後の記事となります。来年もどうかよろしくお願いいたします。


人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

朝香豊AY

Author:朝香豊AY
FC2ブログへようこそ!