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不満はあるが、合格点は出せる安倍演説



 安倍総理が真珠湾を訪問し、演説を行いました。この演説は歴史的だと評されていますが、演説の中身については、私は幾分の不満があります。

 例えば、安倍総理は以下のように話しました。「私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々のみ霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜の民の魂に、永劫の、哀悼の誠をささげます。」

 日米開戦は「ここから始まった戦い」=「真珠湾から始まった戦い」ではありません。1939年に日米通商航海条約が米側から一方的に破棄され、「道義的輸出禁止令」によって航空用揮発油の製造設備の対日禁輸が実施され、1940年には特殊工作機械の輸出が許可制になり、航空用燃料とくず鉄が相次いで禁輸となりました。1941年7月には在米資産が凍結され、8月には石油が禁輸となりました。当時の日本は石油の大半をアメリカから輸入しており、アメリカの石油の禁輸は宣戦布告に近い処置でした。

 そもそも中国国民党空軍の訓練技官・顧問として着任した米陸軍航空隊大尉のシェンノートは、戦闘機100機とそれを操縦する優れたパイロットを持つことで、日本軍航空隊の脅威を退けれることができると蒋介石に具申しただけでなく、ルーズベルト政権とも交渉して承認を得ました。これが1937年から1938年にかけてのことです。即ち、米国製の優れた戦闘機100機とこれを操縦する米パイロット100名、地上要員200名を米国から中国に送り込むことを、真珠湾攻撃を遥かに先立つ段階で決めていたのです。そして1941年の春には部隊(「フライイングタイガース」の愛称で知られる「アメリカボランティアグループ」)の編成が完了していました。さらに米国はこの部隊による日本本土の重化学工業地域への空襲を1941年7月に承認し、ルーズベルト大統領がこの作戦計画書にサインしています。欧州戦線の逼迫によって爆撃機を欧州に優先的に回したために幻の計画書となりましたが、10月には作戦が実行される予定でした。つまりアメリカは日本に対するだまし討ち計画を大統領の承認のもとで実行しようとしていたわけです。日米交渉決裂によって12月1日の御前会議で開戦を決定した日本より遥かに前の段階でアメリカは日本を攻撃すべき敵国として認識し、日本を戦争へと誘い込むために様々な手段を尽くしていたということは、日本人として知っておくべきところでしょう。そして安倍総理としても、こうした事実に論及することはせずとも、日本の立場を守った上で演説を行うべきだったと思います。

 この点以外にも安倍総理の演説には疑問を感じるところはあり、100点を付けるということは到底できませんが、それでも私は評価したいと思っています。米国民の「寛容の心」を持ち上げ、それに基づいた「和解の力」の大切さを説いた演説は、米国民から高い評価を得ることができました。と同時に、和解への努力に背を向ける中国へのカウンターとしても機能するものとなっているでしょう。そしてこれに応じたオバマ大統領の演説も日米双方をたたえた素晴らしい演説でした。

 日米がさらに強固に結びつき、日露も和解に向けて動き出しました。ルールを守らない中国を孤立化させる方向へと歴史は動いているのを改めて感じた次第です。

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