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PKO部隊の日報の、どこが「隠蔽」なのか?



 廃棄されていたはずのPKO部隊の日報が保管されていた問題について「隠蔽」批判が再び起こっていますが、これを隠蔽と呼ぶことには大いに違和感を感じます。

 まず、ルール上としては日報は上位部隊への報告に利用した後には必要性がなくなるため廃棄されることになっており、本来のルールに基づけば日報は廃棄されていて当然だったということを確認すべきです。各部隊が日々記録する日報を全て残しておくことにはもともと合理性がないからすることにしているのでしょう。そもそも日報は外部に公開することを前提に作られているものでもないはずです。

 この話を企業に置き換えてみると、理屈がよくわかるはずです。社員に日報を書かせている企業は多いでしょうが、この日報を長期にわたって保管することは普通はしていないはずです。すでに廃棄したはずの期間の日報について外部から問い合わせがあったとしても、日報なんて外部に公開するようなものではないですし、そんな昔の日報はもう廃棄してありませんよということになるのは当然でしょう。それでも相手が納得しないで「どっかにあるんだろう。何でもいいから探してくれ。」と言われて探してみたところ、該当の日報が残っていることが確認できたので差し出したら、「あったのになかったと言ったのは嘘つきだ。隠蔽だ。」と批判しているようなものです。

 稲田防衛大臣は民進党の後藤祐一議員の質問に答えて「破棄していけないものを破棄したのではなくて、ルールにのっとって破棄したと報告を受けておりますので、私はそれについて疑わなかったということでございます。」と答弁しています。防衛省統合幕僚監部も「短期に目的に終えるものは報告を終えたうえで廃棄している。日報は、日本国内の上位司令部に報告した時点で、文書の用途は終わっている。」と述べています。

 これに対して例えば日本共産党は「日報は海外派遣について国会や国民が検証する上で不可欠な1次資料であり、自衛隊内部で報告が済んだら目的を終えるものではない。国民共有の知的資源である公文書が、自衛隊内の恣意的な判断で短期に廃棄されることはあってはならない。」と述べていますが、政府関係のあらゆる役所で作られる公文書を日報の類まで含めて全て残すということがどれほど無茶で無駄なことであるのかについて、真面目に考えてもらいたいものです。国家の秘密などというものは一切あってはならないという極論に与することはすべきでもないでしょう。

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