記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

唯物論について考える



 自分の頭の中で明確な整理ができているわけではないのだが、これからしばらく左翼批判を整理してみるつもりだ。左翼がどういう存在なのか、なぜ彼らは有害なのか、左翼に対する適切な批判とはどういうものなのかについて、自分の考えているところを述べていきたい。

 まずは左翼の本丸の日本共産党が正しいと考えている「唯物論」という哲学について取り上げてみようと思う。ただ、私は唯物論そのものを攻撃することにあまり意義を感じていない。というのは、彼らが唯物論という哲学を信じているから彼らの思考がおかしな方向にずれていくのだというのは思い込みに過ぎず、実は彼らは唯物論的な思考をまるでしていないという珍妙な現実があるからだ。

 唯物論に関する一般的な批判は「唯物論は精神的なものの価値を見出さない」というような感じだが、この批判は唯物論批判としては的を外していて、このような批判をしてみても唯物論を正しいと思っている人には全く響かない。そもそも彼らは革命の大義という精神的なものの価値を重視し、そのために現世の物質的な利益を犠牲にして生きていくことを清く正しく美しいと思っているわけであって、この点ではむしろ物質的な価値以上に精神的な価値を見出しているとも言えるわけだ。

 唯物論というのは、「この世界には物質的なものと精神的なものの両方が存在するが、物質的なものの方が精神的なものよりも本源的である」というような考え方だ。そしてこの考え方は世の中を見る際にかなり役立つ側面を持つ。

 例えば、とても心優しい人が経営者になったとしても、労働時間を短くして、休日を増やし、賃金を大幅に引き上げ…みたいなことを次々にやっていくのは現実的には難しいだろう。経営を永続させていくためには、収入と支出のバランスを絶対に考えないわけにはいかない。他社との競争に晒されているわけだから、未来への投資ができるように資本蓄積に励むことも必要だし、他社を出し抜くための戦略を構築することだって大切だ。そういう観点で甘い企業は潰れていく必然があるわけで、現実の思考(精神的なもの)がそうした物理的な条件(物資的なもの)によって枠づけられていると考えることは、現実を無視している議論だとはいえないだろう。こうした側面から実際に現れる人間の行動を捉えようとするのが、「この世界には物質的なものと精神的なものの両方が存在するが、物質的なものの方が精神的なものよりも本源的である」という唯物論的な捉え方だ。こういう側面を意識的に見ていこうとすることによって、以前には見えなかったものが見えてくるということは、実際によくある。この点で、唯物論は案外と役に立つものの見方だと言える。

 今の自分が厳密な意味での唯物論者かといえばそうではないが、とはいえこういうものの見方から世の中を見ることを完全に放棄しているわけでもない。一つの見方として取り上げる価値のあるものの見方であり、唯物論だからダメなんだと排撃する必要は現実には全くないと考えている。

 問題は、実は彼らは唯物論者を標榜しながら、実際には唯物論的な思考をまるで行なっていないことなのだ。

 例えば、国家の安全保障というものを唯物論的に考えるならば、「みんなで平和な世の中を作りましょう」といった理想は単なる観念(つまり精神的なもの)にすぎず、それを実現できる物理的な条件(つまり物質的なもの)がなければならないはずだ。中国がどんどんと軍拡を推し進めているという物理的な現実に対しては、それに対抗できる軍事的な力の存在(つまり物質的なもの)が必要になるはずだが、彼らはこれを認めないわけだ。そして「平和主義に基づき話し合いを行うことで平和を実現する」という完全な観念論(空想論)を展開する。

 そもそも共産主義者は「資本家と労働者が話し合うことで、理想的な企業や社会が実現する」という考え方を観念論(空想論)として排撃し、革命がなくては労働者の生活を真に守ることなどできないと考えている。同一民族・同一国民としての一体感を多少なりとも感じている人々の間ですら断じて成立しないと考えている話が、そうした一体感をほとんど持ちえない他国との間では成り立つと主張しているという矛盾は、一体どのように理解すれば説明がつくのだろうか。彼らは唯物論を標榜しながら、現実の思考は唯物論にはまるでなっていないのだ。

 彼らは「唯物論がおかしい」と批判されても、的外れな批判をされているとしか思わない。むしろ筋の通らない批判がなされていると思い、自分たちは理不尽に迫害されているのだという気分にすらなる。そしてそうだからこそ、彼らは意固地になっていく。だから唯物論批判はしない方がむしろ効果的であろう。

 彼らに対して批判をするなら、唯物論を標榜しながら、どうして現実に国際情勢や国家の安全保障の話になると、観念論になっても矛盾を感じないのかというところを突くべきではないだろうか。

 よろしければ、ブログランキングへの投票をお願いたします。(下の画像をクリック!)

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

朝香豊AY

Author:朝香豊AY
FC2ブログへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。