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資本主義国でも資本家の思い通りにできるとは限らない



 これまでの私の立論に対して、共産主義者の側からは「ではお前は資本主義が大規模資本に有利に働く不平等な制度であることを認めないのか」という反論があるだろうと思う。「政治制度として民主主義を取り入れているとしても、そんなことで大規模資本に有利な制度であるという基本性質には変更はないのだ」と。

 確かにその通りのように見えるところもある。例えば民主主義と資本主義の総本山的に見られているアメリカにおいて、どれほど不平等な所得分配がなされているかはよく知られたところだ。アメリカにおいては収入の多い上位1%の人たちが全体の所得の50%を占める一方、下位90%の人たちの合計所得が全体の所得の20%にも及ばないという、すさまじい不平等社会を生み出している。しかもこうした所得格差はどんどん拡大しているようでもある。

 大資本家が応援する政治家は潤沢な政治資金を手にして優位に立てることから、政治家は大資本家に有利な政策を実現することになり、それが社会格差を押し広げていくというのは、間違いなく一つの傾向として存在するだろう。現にそのような流れの中で大資本家にとって有利になる政治制度・法制度へと次々と作り替えられることによって、アメリカにおいては今のような信じられない所得格差が生まれているというのは、的外れな議論ではない。

 しかしながら、こうした傾向に対しては対抗するような動きも社会の中には出てくるものだ。2008年のアメリカの大統領選挙において「チェンジ」と「イエス・ウィー・キャン」を合言葉にしたオバマが大旋風を巻き起こした。大資本家ばかりが優遇される政治のあり方はチェンジしなければならないし、それはみんなの力が集まれば成し遂げられる(イエス・ウィー・キャン)と主張して当選を果たしたわけだ。オバマが大統領としてどこまでこうした主張を貫き通せたかを考えると、その成果は大したものではなかったと言わざるをえないだろうが、国民に広がるそうした不満に応える主張をしないと、大統領になりにくくなったというのは大きな変化だっただろう。

 2016年の大統領選挙においても、エスタブリッシュメントを代表する大統領選候補が次々と落ちていき、異端児のトランプが大統領に就いた。民主党の中でもエスタブリッシュメントをあからさまに敵視するバーニー・サンダースが善戦し、ヒラリー・クリントンを支持する勢力の常軌を逸した妨害がなければ、バーニー・サンダースが民主党の代表候補になっていただろう。このように主流派の動きに対抗するような動きが出てきてぶつかり、その綱引きの中で世の中が進んでいくことを「弁証法的な発展」と言う。そしてこのような物の見方は建前では共産主義者は大いに大切にするはずのものなのだが、この点での分析をおざなりにした上で、大資本家にますます有利になるように世の中が進んでいきがちだという資本主義に存在する一つの傾向的な法則性を単純に絶対視するのも、現在の彼らの一つの特徴として挙げることができる。彼らは「オバマが大統領になっても、トランプが大統領になっても、大資本家が有利になる制度が変わったといえるか。彼らは貧しい労働者階級に対する目くらましのようなものにすぎない存在なのだ。」と切り捨ててみせることで、自分たちは「本質」を捉えていると思い込むわけだ。

 だから、彼らはデンマークとかノルウェーといった所得格差の極めて小さい国が資本主義国の枠の中で存在できる現実性をまじめに考えようとはしない。デンマークでは1週間の労働時間は37時間までとされ、年間で6週間の有給休暇が与えられる。医療サービスは日本ほど良質ではないようだが、原則的に無料だ。税金と社会保険料の合計が収入の70%ほどもかかると言われる重税国家だということを忘れるべきではないが、こういう国のあり方も資本主義国の一つのあり方として存在するわけだ。資本主義である以上、大資本家にますます有利になるように世の中が進んでいくしかないのであるなら、こうした国家のあり方は資本主義の枠内には存在しえないだろう。

 民主主義の中にいる我々には、デンマーク的な国のあり方を選ぶこともアメリカ的な国のあり方を選ぶことも可能だということの意義を見失うべきではないと考える。私たちの国がデンマーク的でないのは、税金と社会保険料の合計が収入の70%ほどもかかるような国には住みたくないと思っているからであり、大きな政府は非効率だと思っているからだろう。逆にデンマークの人たちがデンマーク的な社会に住んでいるのは、デンマーク的な社会の方が人間は住みやすいと国民の多数派が考えているからだろう。デンマークにも大資本家は存在し、彼らだってアメリカ的な国造りをした方が自分たちはもっと儲かりやすいと思っているだろうし、そういう働きかけをマスメディアなどに対して行ってきたのだろうが、それよりも結果としての平等を求める力のほうが国内では強いから、今のような制度になっているわけだ。

 大資本家が財力を背景に自分たちがより有利になるように働きかけを行い、それが非常に大きな影響力を持ちうるというのは間違いなく一つの傾向として存在するだろうが、これに対抗する動きも必ず出てくる。格差の拡大に対する反発が必ず起こり、それもまた社会の中に一つの流れを作り出していく。メディアを買収して世論誘導をしようとしても国民がメディアを信用しなくなれば、その効果は限定的なものにならざるをえない。そして民主主義社会での多数派は貧しい側にこそ多いわけだから、こうした人たちから総スカンを喰らえば、政権を維持できなくなるはずだ。

 こうした原理を考えた場合に、資本主義での社会改革には限界があり、必然的に社会主義革命を引き起こさねばならず、社会主義国樹立のあかつきには資本主義制度復活の動きを抑え込むためにプロレタリア独裁(日本共産党の言う「労働者階級の権力」)と呼ばれる共産党独裁を採用せねばならないのだという理論は破綻していると言わざるをえない。日本のような高度に発達した民主主義国においては、冷静に議論できる場を用意することで、より望ましい社会に世の中を変えていくことは可能である。そうした条件が整っている国に生活していることのありがたさを感じ取り、国家権力をむやみに否定しないで、望ましい国造りにわたしたちは邁進すべきだと思う。

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