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「資本主義国家=絶対悪」とは到底言えない



 私たちが今日当たり前のように思っていることの中に、マルクス主義の影響を知らず知らずのうちに受けているものは意外と多いのではないかと思う。無前提に「常識」として扱っているものについて、冷静に振り返って本当にそうなのだろうかと検証してみるべきである。

 例えば第一世界大戦や第二次世界大戦は資本主義国同士による植民地の分捕り合戦だったと一般には信じられている。資本主義が発達すると、植民地を必要とする帝国主義段階に至り、植民地の世界的な分割が終わってしまえば、こうした国々は植民地の再分割を求めて戦争するしかなくなるのだというのがこの理論の骨子である。だがこれは本当に真実を言い当てているのだろうか。現実を見ると、案の定この考え方があまり正しいとは言えないことがわかる。

 具体例として第二次世界大戦におけるドイツを挙げて考えよう。植民地再分割論に基いて考えるならば、第一次世界大戦の敗北によって植民地をすべて奪われたドイツが、その植民地を取り返すためにイギリスやフランスを相手に第二次世界大戦を開いたということになる。こういう理解は確かに世の中に広まっているが、当時の歴史の歩みを見れば、これは事実に反することがわかる。ドイツはフランスやイギリスの出方を常に注意しながら、イギリスやフランスと戦争にならないようにすることに十分な配慮をしていた。第二次世界大戦の火蓋が切られる直前まで、フランスやイギリスがドイツに向けて宣戦布告することになるとはヒトラーは思っていなかったはずだ。

 第一次世界大戦では、ドイツにはあまりに過酷としか言いようがない戦後処理が行われた。「民族自決」が謳われ、それを建前にしてドイツが支配していた地域でドイツから取り上げられたところは実に多かったが、そういう地域の中にはドイツ人が圧倒的な居住者だったところも多いのだ。例えば、第二次世界大戦の火蓋を切るきっかけとなったダンツィヒという都市は住民の95%がドイツ系の人だったのに、これはポーランドのものだとされていた。「自由都市」という扱いで、100%ポーランドのものだったというわけではないが、細かいことは省きたい。こうした地域を取り戻したいのがヒトラーの、というよりドイツの人たちの考えだった。

 ドイツは圧倒する軍事力を背景にしてポーランドに対してダンツィヒをよこせと一方的に脅迫しただけであるかのように思っている人も多いだろうが、実際にはぜんぜん違うのだ。ヒトラーはダンツィヒにすでに敷設されているインフラや鉄道施設のポーランドの引き続きの所有を認めるという柔軟姿勢を示している。チョコスロバキアからの独立の動きを見せているスロバキアをポーランド領に組み込むのを認めてもよいとも伝えているのだ。その上でポーランド国境に対する将来の保全も約束した。さらにドイツとロシアに挟まれたポーランドの安全保障の問題で協力関係を結び、ロシアの脅威に一緒になって立ち向かうことも約束していた。その上で、ダンツィヒの返還と、ダンツィヒへアクセスする鉄道や道路の建設を認めてもらいたいと要求した。ポーランドの側から見て美味しいと思える条件をあれこれ付けることで、平和裏に交渉をまとめたいとヒトラーは考えていたのだ。住民の95%がドイツ系のこの町は、第一次世界大戦におけるドイツに対する不当な戦後処理の象徴みたいなものとしてよく知られていたから、ダンツィヒの帰属問題は国内世論的にヒトラーにとって引くに引けない問題だった。一方で英仏との間で戦争に発展しかねない対立は何としてでも避けたかったから、ポーランドが喜んで呑めるような好条件を提示していたわけだ。しかもこうした交渉方向についてはイギリス政府にも報告がなされ、イギリス政府も容認姿勢を見せていたのだ。ところがポーランドはこの自国にとっても好都合な要求をなぜか頑なに拒絶した。その背景は、また別途に書いてみようと思うが、いずれにせよ、ヒトラーが求めたのは英仏の持っている植民地の再分割では全くなかったし、彼は英仏との戦争を避けるために慎重な行動に終始していたのが実際なのである。

 このように書くと、お前はドイツが東方生存圏という構想においてウクライナまで併呑しようとしていたことを知らないのかと言われるかもしれない。もちろん東方生存圏構想は知ってはいるが、だがこの構想の背景はドイツが資本主義国かどうかとはあまり関係ないと思ったほうがよいと思う。第一次世界大戦ではドイツは百万人近い餓死者を出しており、ここにはイギリスによる底意地の悪い海上封鎖の影響も大きかったのだ。海上封鎖をされても食料やエネルギーを確保できるようにするにはどうすればいいかというのは、社会体制がどうであれ、ドイツが真剣に取り組まなければならない課題であったのだ。

 ともあれ、ドイツは結局英仏との戦いに突入していくことになったが、1940年6月に独仏休戦協定が結ばれている。ヒトラー率いるドイツの圧倒的な軍事力を前に実質的にはたった1ヶ月あまりの戦闘でフランスの敗北が確定したのだ。この協定において、独仏間で領有権がずっと争われてきたアルザス=ロレーヌ地方は確かにドイツに割譲された。新たに誕生した親独のヴィシー政府(パリに代わって南部のヴィシーに首都を構えた政府)はフランス南部のみしか統治を許されず、パリを含むフランスの北半分(実際には半分以上)がドイツの全面的な占領下に置かれることになった。フランスが負けても、イギリスはまだ負けていなかったので、ドイツが対英戦争を継続するためにフランス北部を自由に使えるようにすることは仕方がなかったわけだが、フランスにとっては実に屈辱的な休戦協定であった。

 ところでここで注目したいのは、この独仏休戦協定において、フランスが海外に持っていた植民地の割譲をドイツは求めていないところだ。植民地の分捕り合戦が資本主義国間の世界戦争の本質だと言うのなら、フランスが持つ膨大な植民地の割譲要求をドイツは必ず、しかもいの一番の優先課題として、行うはずではないか。ところがドイツはこの時点ではフランスの植民地の割譲要求を出してはいないのだ。名高い映画「カサブランカ」はフランス敗北の結果誕生したヴィシー政府の統治下にあるモロッコを舞台としている。フランス敗北によって、フランスの植民地モロッコをドイツはフランスから取り上げていなかったことがここからもわかる。

 ヴィシー政府が親独政権だったから、建前上フランスに持たせておいても大丈夫だったいうかもしれないが、仮にイギリスとも戦争終結となれば、フランス北半分の占領もほどなく終了し、フランスもまた復興してくることになるだろう。こういうところをドイツは全く計算しなかったのだろうか。ドイツという資本主義国のいの一番の関心事が植民地の再分割にこそあるのであれば、休戦協定においてもいの一番にその確保に走るものだろう。

 もちろん、経済的な利権としての植民地がドイツの関心の埒外だったと言い切るのは早計であろう。ドイツが勝利したならば、戦後の講和が正式に結ばれる時には、植民地の再分割も話の俎上に上がったのかもしれない。ただ当時のドイツにおいては海外植民地の確保については否定的な見解が強く、それゆえ陸続きの東方経済圏構想が生まれてきたという背景もあるので、植民地の再分割は俎上に乗らなかったかもしれない。それがどちらになったのかは歴史がそういう歩みをしていない以上わからないだろうが、ドイツが単純に真っ先に求めたのは、植民地の再分割ではなく、ワイマール体制によって不当に抑え込まれたドイツの、ヨーロッパ内での地位の変更だったということだけは確認しておきたい。そしてそんなことは大国が勃興してパワーバランスが変わった時には常に起こってきた。古典的な戦争の論理と特に違った点はなかったと見る方が自然なのである。

 そもそも資本主義が成長するのに植民地は必要不可欠なものなどではない。ヒトラーが台頭した時のドイツには植民地は全くなかったが、そんなことが足を引っ張ることもなく、ドイツは国内需要を喚起する経済政策によって高い経済成長を実現し、失業をなくして貧困を解消し、ヨーロッパでのパワーバランスを完全に覆すだけの経済力・軍事力を保持するに至った。その経済力の伸長は、膨大な植民地を持っているフランスやイギリスを遥かに凌駕していた。

 さて、第二次世界大戦後に独立の嵐が吹き荒れて、いわゆる植民地は世界的に見てもほとんどなくなったと言ってよいだろう。もちろん表面的には独立国となった国々において旧来の植民地的な経済支配が完全になくなったわけではないといえばその通りだ。だが、そのあり方はかつての植民地支配の状態からすれば、一般的には随分と改善されている、つまり「宗主国」側の搾取と支配は随分と緩くなったというのも実際だ。そしてそのようになったからと言って、資本主義国はその存続を脅かされるような危機に陥ったかと言えば、そんなことはない。むしろ、かつては植民地として低開発だったところが成長していく中で新たなマーケットが切り開かれ、そこに新たなビジネスチャンスを見出して資本主義は発達していったというのが実際である。

 日本は第二次世界大戦の敗北によって戦後は植民地とはまるで無縁な国家となった。その日本が世界にまれに見る高度経済成長を果たしたのを見ても、資本主義に植民地が必要不可欠であるわけではないことははっきりとわかる。

 資本主義において、個別企業はそれぞれの繁栄と生き残りを賭けて争いを繰り広げる。そこではかなり無慈悲なことも行われるのは普通のことだ。競争に負けていった企業に対して、競争に勝った企業が安く買い叩こうとすることはあるだろうが、可哀想だからと競争条件を緩めて救いの手を差し伸べることはまずないだろう。少なくとも救いの手を差し伸べなかったからと言って倫理的に非難される筋合いはない。この無慈悲な争いの中で、企業経営者が労働者に対して家族に対するのと同じような愛情を持って接することはなかなか期待しにくい。競争に勝つためには過酷な労働条件を労働者に押し付けて、コスト競争上優位に立つことは、生き残りのためにはやむを得ざる処置だとも言える。こうした資本主義企業の持つ無慈悲さに着目して、資本主義の限界を唱え、社会主義の必然性を唱えたのがマルクスであった。そしてそれは彼が生きた19世紀の現実にはかなり適合したのだ。

 ただもう一方において、資本主義は相互依存の上に成り立っており、全体としてのマーケットが大きくなればなるほど、そこから利益を得られる仕組みにもなっている。個別資本(個別企業)としては、なるべく低賃金で労働者をこき使った方が利益が上がるので、そういう無慈悲なやり方が露骨に出やすいところはある。だが、総資本(個別企業を超えた事業者全体)としては、労働者の賃金が適正に上昇し、マーケットが順調に拡大している方が利益を得やすいのだ。

 この矛盾を資本主義は乗り越えられないことを前提に考えられたのがマルクスの理論だが、実際には資本主義はこの矛盾をある程度は乗り越えてきた。この点の自覚は資本主義の側においてもまだ十分ではないとは思うが、主に失業率に注目しながら、国家が適切な財政政策・金融政策を実施することで、この矛盾を解消することができるのだ。ブラック企業が不当に労働者を買い叩こうとしたら、容易に労働者がその企業から逃げ出せる、つまり転職しやすい環境を作っていれば、労働者の職場環境も国家による強制という手段を用いなくても整備されやすくなる。つまり、失業率を適正水準にまで引き下げていれば、賃上げも起こるし、ブラック企業からの労働者の自然退出も行われる。必要な労働者の確保が難しい中に置かれると、企業は労働者に簡単に逃げられないように快適な労働環境の整備も行うだろうし、省力化を図るために設備投資を増やしていくことになる。そしてこうした設備投資の増加はそのまま経済成長につながる。こうした仕組みが適切に機能することで、マーケットが順調に大きくなっていくのであれば、総資本はそこから利益を得られる上、ブラック企業は淘汰されていくというプロセスが働く。こうした機構を働かすことができる仕組みを、先進資本主義国は制度としては備えているのだ。

 こうして見てみると、独占資本主義は独占資本主義国における興亡によって、世界の植民地再分割を求める世界戦争を必然とするという捉え方は、事実とはまるで一致していないことがわかる。このような先進資本主義国の捉え方は、「資本主義国家=絶対悪」というマルクス主義的な決めつけを無意識のうちに定着させようという、マルクス主義の側からの政治宣伝に他ならないのが実際だ。(レーニンが書いた「帝国主義論」に立脚している捉え方だからレーニン主義的な政治宣伝だと言ったほうがよいかもしれない。)そしてその「資本主義国家=絶対悪」という決め付けと植民地の分捕り合戦の負のイメージの親和性が強いから、なんとなくそれが真実であるかのように受け入れてしまったにすぎない。

 もちろん「資本主義国家=絶対善」も成り立たない。私たちは国家というものをまずは善悪の単純な色分けを排して多面的に見ていく必要がある。そしてそれこそ本来唯物論的=科学的な国家観なのではないだろうか。

 例えば、現代の日本においては、憲法に生存権規定があるように、国民の生活水準というものに対して国家は無関心ではいられないあり方になっている。国民の生活水準に対して無関心でいては、選挙ではなかなか勝てないだろう。マルクス主義からすればブルジョワの利益を代表するはずの安倍総理が、財界=ブルジョワに対して労働者=プロレタリアートの大幅な賃上げを要請するという、実に不可思議なことまで起こっている。安倍総理が国家・国民の利益を代表しようとする政治家であり、それは結果として総資本の利益を代弁することになっているということがわかれば、全然おかしなことではないことがわかるのだが、そういう発想をマルクス主義者は理解できないであろう。

 そもそも現代の成熟した国家においては為政者の思いのままに政治が動かせる訳ではない。政権与党側が自分たちが正しいと思うことであったとしても、議会制民主主義という縛りがある以上、次から次に容易に実現できるわけでもない。仮に与党が議会の2/3以上の絶対多数を握っていても、単純な多数決だけで決めているわけではないから、与党側が絶対に必要だと認めている政策でも現実には遅々として実現しないことも多い。こうした現実の国家像を単純なブルジョワ支配の国家として捉える視点だけで見ることは唯物論的=科学的な捉え方では断じてないのだ。

 こういう点からもマルクス主義によるモノの見方が、実は唯物論なのではなくて、実際には現実から切り離された観念論であることがわかるだろう。

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