FC2ブログ

記事一覧

日米対立は必然だったのか(1)



 資本主義が高度に発展することで独占資本が成立し、独占資本は市場の確保や余剰資本の投下先として新領土の確保を要求するようになる。資本主義国家においてはこの独占資本家の要請に基づいて行動するようになるから、こうした段階の資本主義国家は帝国主義国家である。このように帝国主義国家は膨張傾向を持っているものだが、世界は有限なので、やがて他の帝国主義国家から領土(植民地)を奪取せねばならなくなる。つまり、植民地の再分割を求める戦争は不可避である。これがレーニンの資本主義国家観だとされている。

 だが、レーニンが上記のような資本主義国家観を披露したのは、彼が唯物論的=科学的に当時の資本主義を冷静に分析した結果として導いたというよりも、資本主義崩壊の必然性をなんとしてでも求めたくて、自分たちの理論に都合がいいように現実を捉えようとした観念論でしかない。つまり政治的なアジテーションとしてこのようなモノの見方を披露したと見る方が適切ではないかと私は思う。

 もしこうした性向が高度に発達した資本主義国において必然であるというのであれば、資本主義が自滅的に闘い合うのをじっと待つだけでよいはずだ。そして実際にそういう事態が生じた際にどのように動くべきかだけにエネルギーを集中させた方が賢明ではないかとさえ思われる。ところが、レーニンはそのような待ち受け的な姿勢を決して取らなかった。

 レーニンは次のように言っている。

 二つの帝国主義のあいだの、二つの資本主義的国家群のあいだの対立と矛盾を利用し、彼らをたがいにけしかけるべきだということである。われわれが全世界を勝ちとらないうちは、われわれが経済的および軍事的な見地からみて、依然として残りの資本主義世界よりも弱いうちは、右の準則をまもらなければならない。すなわち、帝国主義のあいだの矛盾と対立を利用することができなければならない。

 なんとレーニンは資本主義国家同士が互いに戦い合うように能動的にけしかけるという謀略工作の重要性を指摘しているのである。これは、資本主義国家同士が帝国主義国家として植民地の再分割闘争に必然的に乗り出すとは、レーニンは本音としては確信していなかったことを裏書きしている。

 高度に発達した資本主義国に対して、植民地を求めて膨張していかざるをえない必然性を持つ帝国主義国なのだというレッテル貼りができれば、資本主義国家は他国の侵略をしていかないわけにはいかない邪悪な性質を内在的に持つものだという政治宣伝を行うことができるようになる。資本主義国は本質的に邪悪で、これに反対する社会主義勢力は道義的に正しい立場にあると主張できれば、革命闘争において優位に立つことができる。こうした思い込みを人々の中に植え付けることをレーニンは画策したのだ。

 ここで忘れてもらいたくないのは、レーニンは唯物論的な思考を徹底することによってこの結論に達したわけではないというところだ。社会主義を資本主義に対して優位に立たせる政治宣伝を行いたいという願望(観念的なもの)から、都合のいい話だけを切り出してそれらしい理論として組み立てたにすぎない。つまり、レーニンの帝国主義論は観念論でしかなかったわけだ。レーニン本人はそのことを自覚していたから、資本主義国家同士が戦い合うように能動的にけしかける謀略の大切さも語っていた。つまり「帝国主義戦争」が必ず引き起こされるように画策する必要性を感じていたわけだ。画策をしなければ「帝国主義戦争」とみなせるような戦争は起こらないかもしれないのだ。

 そして現実世界において資本主義国の対立を煽る工作活動を行って現実に世界戦争を引き起こすことができれば、「ほら、やっぱり資本主義は帝国主義国としてぶつかり合う必然があるのだ」との政治宣伝につなげられるようになる。これが社会主義を広げようという運動の実践的な立場から見て優れた策略であるとレーニンは考えたのだろう。

 レーニンはさらにこの件に関連して、具体的にこんなことも言っている。

 第一の、われわれにもっとも近い対立──それは、日本とアメリカの関係である。両者の間には戦争が準備されている。両者は、その海岸が3000キロメートルもへだたっているとはいえ、太平洋の両岸で平和的に共存することができない。…地球は分割ずみである。日本は膨大な面積の植民地を奪取した。日本は5000万人の人口を擁し、しかも経済的には比較的弱い。アメリカは1億1000万人の人口を擁し、日本より何倍も富んでいながら、植民地を1つも持っていない。日本は、4億の人口と世界でもっとも豊富な石炭の埋蔵量とをもつ中国を略奪した。こういう獲物をどうして保持していくか? 強大な資本主義が、弱い資本主義が奪い集めたものをすべてその手から奪取しないであろうと考えるのは、こっけいである。…このような情勢のもとで、われわれは平気でいられるだろうか、そして共産主義者として、「われわれはこれらの国の内部で共産主義を宣伝するであろう」と言うだけですまされるであろうか。これは正しいことではあるが、これがすべてではない。共産主義政策の実践的課題は、この敵意を利用して、彼らを互いにいがみ合わせることである。そこに新しい情勢が生まれる。2つの帝国主義国、日本とアメリカをとってみるなら──両者は戦おうと望んでおり、世界制覇をめざして、略奪する権利を目指して、戦うであろう。…われわれ共産主義者は、他方の国に対抗して一方の国を利用しなければならない。

 レーニンは矛盾したことを言っている。もし日本とアメリカの間にもともと戦争が準備されていて、植民地争奪に関して戦うのが必然であるなら、共産主義者がわざわざ働きかけを行って互いをいがみ合わせることは不要であろう。何もしなくても、日米両国は自滅的に戦いを始めるのであって、戦いを始めて両国の国力が消耗していくのを待つだけで十分なはずだ。しかしレーニンは日米両国の対立を引き起こすために共産主義者が能動的に動くことを求めているのである。

 レーニンがこれを述べたのは1920年のことだ。日本とアメリカが互いに敵対し合う関係を作り出す工作を仕掛け、これによって両国が実際に戦い合うようにすれば、そこに社会主義はチャンスを作り出せるというわけだ。そしてレーニンがこれを述べてから約20年後に、日米は実際に戦争を開始した。

 もっともレーニンがこのような戦略を立てたからと言って、日米が実際に戦争をすることになるとは限らない。確かに日米は実際に戦争を行ったけれども、それはレーニンが考えた謀略の結果であるかどうかは話は別だ。それでも、我々はこのような工作がソ連から日米両国に仕掛けられていたという事実については見逃すことなく捉えておくべきだろう。そしてその工作が成功した結果として日米開戦が起こったのか、それともその工作とは関わらずに日米開戦が起こったのかについて、冷静に見ていくことが必要になる。

 よろしければ、ブログランキングへの投票をお願いたします。(下の画像をクリック!)

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

朝香豊AY

Author:朝香豊AY
FC2ブログへようこそ!