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社会主義思想が浸透したアメリカ(2)



 フランクリン・ルーズベルトがフーヴァー大統領と比較にならないくらいに共産主義的な考え方に理解があったというのは、彼が実際に行ったニューディール政策が社会主義的な政策であったからだ。

 一般にニューディール政策は、ケインズの理論を先取りしたケインズ主義的な政策だと思われているが、この理解はそんなに正しいとは私には思えない。

 ケインズの理論をざっくりまとめると、以下のような感じである。大不況の時には当然税収が大きく落ち込むことになる。この時に政府が均衡財政主義にこだわると、落ち込んだ税収に合わせて政府支出も大幅に削らなければならなくなる。ただでさえ不況でものが売れない中で政府支出まで削ることになれば、不況はさらに深刻化し、さらに税収は落ち込む。これによって国民の暮らしもどんどんと貧しくなるという負のスパイラルに入り込む。この問題を解決するには、国内の生産力に比して国内需要が弱すぎることを解消するのが適切だ。そのために政府財政が大幅な赤字になったとしても、政府が公共投資などを行うことで、弱すぎる需要を補っていくことが大切だ。需要不足を埋めるだけの政府支出を行えば完全雇用を達成することができる。失業者がいなくなれば国民の懐にはものを買える力が回復して、これに伴い税収も上がっていくから、財政も好転してくる。民間の経済活動だけに任せていては破局的な事態も起こりえるから、それを防ぐために政府は積極的な財政政策を行うべきだ。

 ケインズは財政政策だけでなく金融政策にも論及しているし、実際には上記ほどには単純な話でもない。ただここで理解して欲しいのは、ケインズの主張は経済活動に政府が積極的に関与するのは財政政策(と金融政策)という限られた手段によってなのであって、それを超えた管理を国家が行うことまでは想定していないということだ。

 こうしたケインズ理論との比較においてニューディール政策を眺めてみよう。

 ルーズベルトはデフレがさらにデフレを呼び込むデフレスパイラルを人為的に止めようとした。ここまではケインズ政策と同様だとも言える。だが、ルーズベルトはそれぞれの企業が生き残りを賭けて競争を繰り広げるという資本主義の特質を否定するような政策を打ち出したのだ。

 全国産業復興法というニューディール政策の一番の柱になった法律がある。これは需要に対して供給が過多だから値崩れが起きると考え、各業界が生産量を抑制する、つまり供給力を削減することで過剰供給をなくし、価格の下落を防止することを主眼に置いた法律だ。具体的には商品項目別に最低価格をカルテルで確定し、これ以下の金額で商品を売ることを違法とするわけだ。安値競争に企業が巻き込まれれないようにすれば、生産量を減らしても企業は安定的な利益を生み出すことができ、労働者の賃金を高めに設定することができるようになるという考えだ。こうしたカルテル政策を全産業の80%ほどに適応させた。

 ケインズは政府支出の増大によって供給力に比して不足する需要力を補うことを考えていたのだが、ルーズベルト政権は供給力を削減することで需要力とのバランスを取らせようという発想も持っていたわけだ。資本主義は勝手気儘に任せるとめちゃくちゃになってしまうとの発想から、社会主義的な計画経済の要素を導入して、人為的に価格設定を行い供給力を引き下げることを企業に要求する政策を行うことで、この危機を乗り切ろうとしたのだ。供給力を抑え込むわけだから、当たり前だがこれでは、経済成長は見込めない。

 そしてこれは中小業者を大いに苦しめることになった。例えばジェイコブ・マージドというクリーニング屋は店の立地があまりいい場所にはなく、知名度も薄いこともあって、大手の業者に対して割安な価格でクリーニングを行うことで集客を行っていた。ニューディール政策によりスーツ1着のクリーニングの最低価格は40セントと決められても、マージドはこの価格に合わせては大手には勝てないことから、スーツ1着のクリーニング価格を35セントに設定していた。つまり、公的な最低価格よりも5セント安い価格設定にしたわけである。このためマージドは繰り返し警告を受けたが、マージドが無視し続けたために、ついにマージドは刑務所に収監され、100ドルの罰金も支払わされてしまった。つまり、中小企業が大企業に勝負する際に低価格を武器にして対抗することができなくなったのだ。

 同様の発想は農業調整法にも見られる。これは端的にいえば日本で採用された減反政策のようなものだ。1933年にこの法律が制定された時には、すでに農民は種の植え付けを終えており、その年の生産制限ができないということになった。そこでルーズベルト政権は例えば綿花については農地面積の1/4に相当する4万㎢分(200キロメートル×200キロメートルに相当)の綿花畑を掘り起こすことで1億ドルの補助金を農民に対して支払うことにしたのだ。こうした処置は綿花に対してのみ行われたわけではない。トウモロコシ、小麦、タバコ、果物などの農作物だけでなく、豚などの畜産物にも適応された。つまり過剰と認定された大量の農作物や畜産物は人の口に入ることなく、収穫を許されなかったり屠殺処分の対象となった。そして食料が人の口に入らなくなるようにしたことで多額の補助金が支払われたわけだ。

皮肉なのは、ルーズベルト大統領がアメリカ人の3人に1人は栄養失調に陥っていると一方で発言している中でこんな食料削減政策が当のルーズベルト政権によって実施されたというところだ。

スタインベックは小説「怒りの葡萄」の中で、飢えた人々が多くいる一方で大量に実った果実や穀類が収穫させることなくむざむざと腐り果てていく様子を描いている。これは無情な資本主義の象徴のように理解されていることが多い。すなわち、飢えている人たちがたくさんいるのに、豊作貧乏にならないようにわざと収穫しない、あくどい資本主義的農業の姿として語られることが多い。だが実際にはこの悲惨な有様は社会主義的な農業調整法のもたらした悲劇を表しているものなのだ。

 ニューディール政策にはもちろんケインズ経済学的な要素もあるのだが、ケインズ的とは到底言えない性質も持っている。政府主導のカルテルによって価格を高めに設定して供給力を削減させるような政策は、ケインズ的とは全く言えないだろう。そしてこうした競争制限的な人為的コントロールをそれぞれの企業経営や農家経営のあり方にまで及ぼすことによって資本主義の危機は乗り越えられると発想しているところに、ルーズベルト政権の社会主義的な性格が色濃く現れている。

 ニューディール政策については、25%ほどまで高まった失業率が一時的とはいえ15%を切るところまで下がったという点を見れば、効果が上がったという見方もできないわけではない。しかしながら、1920年代の失業率が概ね3%程度であったことを頭に置けば、ものすごいレベルでの経済への介入を行った割にその効果は非常に薄かったという見方の方が私は適切ではないかと思う。

 ルーズベルト政権下で財務長官を務めたヘンリー・モーゲンソーは1939年5月に下院歳入委員会で以下のように発言している。

 我々はとにかくお金をばらまいた。これまでになかったほどのお金を使ったがうまく行っていない。私の願いはただ一つ、この国を豊かにしたい。もし私が間違っていれば、誰かに変わっても構わない。そしてうまく仕事をこなして欲しいと思っている。国民が飢えるようなことがあって欲しくない。我々は公約を果たせていない。八年間仕事をしてきたが、失業者の数はこの仕事を始めた時とほとんど変わっていない。その上多額の財政赤字を作ってしまった。

 ものすごいお金を使った割に大した効果はなかったというモーゲンソーの告白は、ニューディール政策の実像を表してしていると言えるだろう。

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