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ソ連のみの国益に資する形となった、第二次世界大戦の結果



 これまで見てきたように、ロシア革命後、特に世界大恐慌発生後の1930年代に、日本においてもアメリカにおいても共産主義勢力は政権中枢にまでも深く浸透するようになり、ロシア共産党の思惑がかなりの程度影響力を発揮できる状態となっていた。これは何も政界のみに限られない。官界、軍部、マスコミ、芸能界などあらゆる分野において、共産主義勢力は大きな影響力を行使できるレベルになっていた。

 しかも、共産主義は現実の社会を変革するための激しい実践を求め、その活動に従事することが世の中を社会進歩の方向に導くことになると主張していた。そしてこういう生き方こそが、歴史的見地から見て人間として最も正しく美しいあり方だともしていた。共産主義は建前としては科学との高い親和性のある唯物論を唱えながらも、実際には唯物論は全く徹底されておらず、党派性に基づく御都合主義が横行しているので、実質的にはエセ科学と言ってよい虚偽思想にすぎない。だがそこに一度はまってしまうと虚偽思想だとはなかなか見抜けないため、過激な実践に人を動かしてしまう力がある。その結果、狂信的なカルト宗教と同様に、共産主義は社会に対して激しい害をもたらす存在となっていた。

 虚偽思想であることからすれば、共産主義自体が一種の狂信的なカルト宗教だと言った方がよいとさえ思う。実際レーニンは目的実現のためには虚言も謀略も何でもありだとしていた。恐ろしいことに、当時は世界中の知的レベルの高い人たちのほぼ全員が共産主義の影響を受けていた。全員が共産主義者だったという意味ではもちろんないが、部分的にせよ、共産主義が説く内容について共感していた人が圧倒的だった。政界、官界、軍部、学術界、マスコミ…を問わずに、世界中の知的レベルの高い層が狂信的で破壊的なカルト宗教の影響に染まっていたと想像してみてほしい。その結末が悲劇であるのは当たり前であろう。マルクスは「宗教はアヘンである」と言ったことでも知られているが、皮肉なことに世界中が共産主義というアヘンに毒されてしまった結果が第二次世界大戦に繋がったと見るのが適切なのだ。

 ここでソ連の側が1930年代後半において自国の安全保障をどのように構築したかったかを考えてみよう。当時のソ連にとっての脅威は、東に位置する日本と西において台頭著しいドイツであったろう。ソ連はこの両国に挟まれた位置にあった。日本は朝鮮半島を押さえ、満州に進出し、満州国を建国していったわけだが、これは日本から見れば自国の安全保障上大切な橋頭堡だということになる。だが、ソ連の側からすれば自国を脅かして東から伸長してくる脅威として映ったはずだ。同様に東方生存圏構想によってウクライナまで自国の勢力圏内におさめてしまおうとしていたヒトラーのドイツも、自前で軍事力を強化できる工業力を備えて急激に成長してきていたから、これまたソ連にしてみれば西から向かってくる大きな脅威であったのは間違いない。従って東の日本と西のドイツに挟まれていることに対して、ソ連が激しい恐怖心を持っていたとしても当然であったろう。だから、ソ連の戦略としては、日本とドイツの戦力をどうすればソ連に向かわないようにできるかということが最重要課題になっていただろうし、どうすれば日本とドイツの戦力を弱体化できるかということは戦略的に重要な課題だったはずだ。

 1920年にレーニンが日米の対立を煽るべきだと主張していたことは以前にも書いたが、これもソ連の安全保障戦略とつなげて考えるべきものだと考える。この時にはまだドイツは第一次大戦の敗戦国としてどん底に喘いでいたから、ソ連にとっての脅威としては日本の存在感が特に大きかっただろう。アメリカをソ連の味方に引き込み、ソ連に向きそうな日本の軍事力の矛先をアメリカに向けさせることによってソ連に向かわないようにし、さらに日本の戦力を消耗させることでソ連を防衛しようというのがレーニンの戦略だったわけだ。この戦略はソ連防衛という観点から見て、極めて理にかなったものであったということができるだろう。

 さらに中国との戦いに日本を引き込ませ、これを泥沼化させられれば、日本軍は当然疲弊するわけだが、同時に中国国民党の軍隊も疲弊させることができる。そしてこれは来るべき敗戦革命において、日本のみならず中国をも共産化するのにも大いに役立つことになる。さらに、日本軍を南進させてイギリスやオランダなどの欧州の植民地になっている地域に向けさせることができれば、ソ連に対する日本の脅威をさらに取り除くことができるだけでなく、日本軍が南進した地域の共産化の条件もできてくることにもなる。欧州の軍隊と日本の軍隊が戦ってくれれば、日本軍のみならず欧州の軍隊も弱体化させられるから、欧州での共産主義革命の可能性も広がってくるはずだ。

 やがてドイツが台頭することによってソ連に対する西側からの脅威は大いに高まった。ドイツはユダヤ金融資本の支援を受けているソ連に対して敵意を隠すことなくむき出しにしていたから、ソ連にとっては凄まじい脅威であったはずだ。このドイツを抑え込むためにイギリスやアメリカが協力してくれれば、ソ連は大いに助かる。さらにドイツに対してイギリスやアメリカが単に牽制するだけでなく、実際に参戦してくれれば、欧州は全域として戦闘地帯となり、大いに疲弊することになる。敗戦革命論によれば、そうすることで欧州全域における共産主義革命の可能性が広がることにもなる。これを実現することがソ連の目指すべき戦略だったはずである。

 そして実際に、日本において日本軍の南進・北進が問題となった時には、ソ連を防衛したい日本国内の共産主義勢力は日本が南進論に進むように工作を行った。アメリカの共産主義勢力は日本側が絶対に呑めないハル・ノートを準備して、これを日本に突きつけることで日米開戦を実現させた。ダンツィヒ問題さえ解決されれば、独ソの激突以外は激しい戦争は生じえなかったであろうヨーロッパにおいて、この問題にアメリカは激しく干渉を行った。アメリカの国益とほとんど関わりがないはずのこの問題にアメリカが激しく介入した裏にも、アメリカの共産主義勢力が暗躍していたわけだ。その結果、イギリスやフランスを巻き込んだ巨大戦争に欧州を突入させた。そして現実に第二次世界大戦の流れは、こうしたソ連の戦略に見事に合致した展開を見せたわけだ。中国は共産化し、朝鮮半島も北半分は共産化した。ベトナム・ラオス・カンボジアなどもその後共産化の波に飲まれていった。ヨーロッパにおいても東ヨーロッパは共産化されてしまった。

 最終的な国益を実現できたかという観点で第二次世界大戦を見れば、アメリカは今後自国を脅かすことになる共産主義をソ連1国から世界の1/3近くにまで広げてしまったということからすれば、完全な失敗だったと言えるだろう。イギリスは大英帝国の植民地の大半を失い、国際金融の中心たる通貨の地位をポンドからドルに譲り渡す結果となったわけだから、これまた完全な失敗だったと言えるだろう。敗戦国の日本やドイツが完全なる失敗だったのは言うまでもない。そんな中で唯一国益に資する大きな果実を得たのがソ連であったわけだ。

 ちなみに、1935年に開かれた第7回コミンテルン大会において、スターリンは1920年のレーニンの戦略を引き継いだ非公式の演説を行っている。その演説の中で彼は以下のように述べている。

 ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ。

 これは砕氷船の理論とも呼ばれているものである。そしてこの戦略に従った形で歴史は進展した。日独砕氷船が割って歩いた跡である中国と東欧はそっくり共産化できた。日独をそっくり共産化することはできなかったが、ドイツの半分は共産化することにスターリンは成功したのである。第二次世界大戦の終結を目前にした1945年4月にルーズベルトは亡くなり、大統領職をルーズベルトから引き継いたトルーマンが軌道修正を始めたことによって世界の命運は大きく変わった。もしルーズベルトが健康体でまだまだ長生きしていたとすれば、日本もドイツも完全に共産化されていた可能性は決して低くはないのだ。

 但し、以上のようなまとめを読んで、私が単純な謀略史観で歴史を見ていると思われたら、それは自分の本意ではない。例えば当時のアメリカの財界の主流派はドイツに多額の投資を行っていたから、ヒトラーがどれほど人道に反することをやっていたにせよ、自らの投資資産を守る立場から親ドイツ的立場にあった。彼らはルーズベルト政権が親ソ・反ドイツの動きからヨーロッパに介入する動きを見せていたことに対抗して、例えば1935年にアメリカ議会において中立法を制定させる動きに出て、ルーズベルト政権に対抗する力を強めていた。彼らにしてみればむしろ脅威はソ連なのであって、その立場から親ドイツ・反ソの工作を展開していた。ソ連・共産主義勢力がルーズベルト政権に深く入り込んでいたと言っても、彼らだけの力によってアメリカの政治が動いていたわけではない。両者はそれぞれの側の立場から時には謀略的なことにも互いに手を染めながらせめぎ合っていたのが実際だ。

 私が言いたいのは、謀略はなかったということでもないし、共産主義・ソ連の側からの謀略に一方的にやられたということでもない。政治的な権力を自分たちの側に動かすために、双方ともに謀略を含めた様々な工作を行って対決していたのが実際だ。そして同様のことはアメリカ以外でも当然起こっていた。ただ、当時は共産主義が学術界を席巻し、善良で真面目な人ほど共産主義に深く染まっていたような時代であった。大恐慌によって大いに傷ついた資本主義陣営とは真逆に、ソ連は高成長をしていると信じられていて、これからの時代は社会主義・共産主義なんだと思い込んだ人も多かった。こうした中でソ連・共産主義になびく勢力が強く、その流れが政界、官界、軍部、マスコミ、学術界、教育界などなどあらゆる部門で強い影響力を発揮し、政治の流れも結局この方向に進んでいったと捉えるべきだと考えるわけである。

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