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非常時に備えた国土形成を考えよう


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 1755年11月1日に、ポルトガルのリスボンを大地震が襲いました。耐震設計されていなかった建物は9割が崩壊し、リスボンだけで9万人の方がなくなったそうです。想定外の自然災害に用意もないままに遭遇してしまった悲劇だといえますが、この地震は当然ながらポルトガル経済に大打撃を与え、ポルトガルを歴史舞台から退潮させるのに大きな役割を果たしました。想定外の事態とはいえ、大惨事が発生することによって、国家自体にまさに壊滅的な打撃が加わることがあるということが、この例からも理解できるのではないかと思います。

 翻って今回の我が国の東日本大震災においては、リスボンの大地震並みの揺れが襲ったわけですが、厳しい建築基準法によって作られた建物には、揺れによる被害は相対的にはかなり小さかったといえるでしょう。それでも、津波に対する備えが十分ではなかったために大きな被害を生み出したことは深刻に考えるべきところですし、交通網の寸断によって被災者の移動や物流に甚大な障害があり、救助と支援に多大な困難をもたらしたということも、まじめに考えてみるべき問題だと思います。

 東北の太平洋岸の港湾はすべて津波で使用できない状況となり、道路網も各地で寸断されたために、一部の使える道路に利用が集中して大渋滞を起こしました。鉄道も太平洋岸に沿った路線がすべて寸断されてしまいましたし、空輸においても東北の要となる仙台空港が津波による打撃を受けたことも忘れるべきではありません。

 今回の震災で救援物資がなかなか必要とされる場所に届かなかった理由としては、政権の能力の問題も大きいのでしょうが、非常時に備えた交通網整備を長年にわたって怠ってきたことにも、大きな原因があったと考えるべきです。

 では、今回の東日本大震災に際して、どのような物流が活躍したのでしょうか。まずは仙台以外の空港です。山形空港は震災直後の3月12日から、花巻空港と福島空港は3月13日から24時間運用が開始されました。一県一空港と揶揄されていた空港整備でしたが、仙台空港が津波の被害でその使用に大きな制限が加わった中で、これらの空港が大きな役割を果たしていたことは案外知られていないことではないかと思います。

 新潟港など日本海側の港湾も大きな役割を果たしました。太平洋側の港湾が津波の被害で全滅したのを補う役割を、日本海側の港湾が果たしたわけです。太平洋沿岸を走る幹線が、鉄道・道路を問わずに寸断されたのに対して、日本海側と太平洋側を結ぶ鉄道・道路の被害は相対的に少なかったために、日本海側で陸揚げされた物資であれば、こちらのルートなら活用できたわけです。

 三陸縦貫自動車道は、利用する車が少ないことで批判を受け、計画から30年経った現在でも未だに計画路線の約半分の113キロしか開通しておりませんが、太平洋側を走りながらもやや内陸を走っていたことから津波の被害を免れ、三陸地域に物資を運ぶとか三陸地域で人員を輸送するなどの面で大きな貢献を果たしました。この道路がなかったら、津波に襲われた三陸地域の救助はどうなったのかともいわれましたし、全面開通をすでに果たしていたら、石巻市から北側の宮古市に至るまでの三陸の救助は遙かに楽になっていたことにも気がつくべきだと思います。

 国土のネットワークは、平時の効率性(採算性)のみをベースにすると、何らかの非常事態に遭遇してそのネットワークの一部に大きな損傷がもたらされると、ネットワーク自体が機能しなくなります。それをまさに実証したのが東日本大震災でした。

 この教訓を私たちは肝に銘じ、単純な効率性(採算性)にのみ基づくのではなく、非常時でもネットワークが生き続け、国家に対して致命的なダメージを与えない国土形成を考えるべきではないでしょうか。こうした発想は国土保全や安全保障の見地から見て軽視できないものではないでしょうか。この見解に賛同される方は、クリックをお願いいたします。


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